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原価管理の実践事例(東京 出版印刷)【要登録】

デフレ不況が続くなか,売上が増えれば利益も増えるという従来の図式は完全に崩れつつある。激しさを増す価格競争のなかで着実に利益を確保するためには,厳密な原価管理が求められる。
しかしながら「ドンブリ勘定」と揶揄されるように,きちんと実践できている印刷会社は数少ないようだ。そこで,原価管理の徹底を企業理念にうたい,長年実践してきた東京の出版印刷主体の印刷会社の事例を紹介する。

同社は利益率を重視した経営管理で,原則として適性な利益率が確保できない仕事は受けないという姿勢を首尾一貫してとり続けている。こうしたことが言い切れるのは,受注一品単位でリアルタイムに近い形で,受注原価が把握できているからに他ならない。
頭ではわかっていても受注一品どころか月次で締めてみないと儲かっているのか損しているのかわからない会社も多いのが実情であろう。受注した仕事でいくらコストがかかったのか(利益がでたのか)が不透明なために,営業マンは「売上」というはっきり目に見える成果を得るために,知らず知らずのうちに泥沼の価格競争に陥ってしまう。

原価管理はトップの意識改革から

受注一品ごとの正確な原価管理には,作業実績の厳密な把握が不可欠である。とはいえ現場からみるといちいち実績を記録するのは面倒な作業であり敬遠されがちである。システムを導入してもこの部分でつまずくケースも多い。しかしながら,同社に言わせるとコンピュータのない時代からずっと行っていることで,道具の良し悪しの問題ではなくトップの意識の問題であるという。同社は古くから取り組んでいるために自社開発のシステムを利用しているが,最近はIT技術の進展とともに便利なツールが揃ってきており,トップさえその気になればできないはずはないという。

営業から現場まで徹底した原価意識

営業は社内仕切り値(標準原価)をベースに見積もりを行うが,製作現場は,仕切り値ではなく実際の受注値段の範囲内で製作するという原則になっている。製作現場の実績評価も仕切り値ではなく受注金額ベースである。受注値段は現場にも必ず伝わる仕組みになっており,その仕事を営業がいくらで受注したのか現場は常に意識している。そのため受注値段が安すぎると現場は,営業の仕事を受け付けないこともある。一方で営業には、個人の裁量で受注値段に見合う外注先を探し出して発注することを認めている。これを行う営業が増えれば、社内の稼働率が下がり、さらに社内原価が上がるという悪循環を招く恐れがあるが、こうしたことも踏まえて外注したときに確保すべき利益率を設定しており、この利益率さえ確保できればお咎めなしとしている。ことの良し悪しの判断は客観的な数字が基準という社風が行き届いている。
部門別の実績管理(損益管理)は,実際原価をベースに行っている。営業の実績評価も売上だけではなく,実際の利益率を重視している。時間単価(アワーコスト)は1ヶ月単位で算出し,原価にフィードバックしている。したがって毎月同じ仕事をしていても全体の稼働率によって利益率は上下する。
仕事が終われば必ず精算見積もりを発行する。直しが発生すれば当然値段を上乗せして精算見積もりを発行するが,必ずしもお金がとれるとは限らない。お金がとれなくて赤がでたときの責任は営業が負うことになる。また,受注金額の割に難易度が高く,作業時間が長くなって赤がでたときも責任は営業となる(難易度が高いのに安値でしか受注できなかった営業が悪いという判断)が,担当営業一人で判断せずに事前に工務や制作に相談するように推奨している。
実績数字による原価管理(実際原価ベース)なので、プリプレス作業では担当したオペレータのスキルや慣れ等によって、同じような仕事でも原価に差が出ることはあり得る。これについては「損することもあれば得することもあるんだから」と言って営業に納得してもらっている。一方でプリプレスオペレータの人事評価も実績評価で管理しているので、極端な差が出ることはない。
外注比率が高いため,外注管理(外注での利益確保)を徹底して行っている。一定の粗利率が確保できているかどうか厳しくチェックしている。外注先に対しての支払単価はここ数年変更しておらず,外注先に泣いてもらってでも粗利益を確保するようなことはしていない。昨今の市場価格の下落にともない粗利率の設定も減少傾向にあるが,その分は固定費の削減でバランスをとっている。受注単価の低落に流されるままに利益を落とすことがないように管理している。
仕切り値ベースの部門別損益管理という考え方もあるが,会社に利益をもたらすのは,あくまで受注金額とコストとの差額であり,決算書と連動した利益管理でなければ意味がない。したがって実際原価ベースで損益管理を行っている。
また,利益確保のためには事前の見積もりの精緻さと事後の見積もり(精算見積もり)提出時の顧客との折衝が非常に重要である。
得意先管理も利益率を基本としている。利益率が基準以下の得意先については受注量,受注頻度,再版・新刊のバランスなどさまざまな切り口で評価して,受注を継続するかうち切るか決めている。

適正利潤確保は業界の課題

自社の原価をきちんと把握したうえで営業(見積もり)している印刷会社は少なく、目先の売上確保のための安値受注が横行しているのはゆゆしき問題である。適正利潤が確保できなければ将来への投資はできないし、よい人材も確保できない。これは印刷業界全体の地盤沈下につながることで、自社だけの問題ではない。

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2003/01/15 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会