本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。

DTPエキスパート認証試験を経験して

信越プロセス(株) 代表取締役 宮坂和彦

 
私は長野県の長野市という36万人ほどの地方都市の本当に小さな「製版屋」です。
私がDTPに取り組んだのは今から10年ほど前。まだ,アナログ製版が主流の時,ある日入稿してきた1点の「不思議な版下」との出会いからでした。それまで私が見てきた版下は図版と文字版が別々になっている版下だったのですが,それは1枚のきれいな印画紙に図版と文字が載っているというものでした。印画紙ということは同じ現像工程を経て出てくるものであるだろうから,これがフィルムでもおかしくない。「これは何だろう?」と少々「異物感」を伴う疑問からです。それが,Macintoshという「汎用」パソコンで作られたものと知って,その正体をつかむべく半年まい進したことを覚えています。

先にも述べましたとおり,当時の地方都市の中では「Mac」と言えばハンバーガーくらいなものでしたので,その概要を知り理解するのに非常に時間が掛かりました。ましてや大学は文系の専攻でしたので,よもや自分がコンピュータという物に向かうとはついぞ思ってはいませんでしたから,まず「コンピュータとは何ぞや」というところからのスタートでした。幸い「Macを触れる」人と出会い,採用して1台目のMacを導入し,そのオペレーションを見て,この時代は必ず来るなと感じました。そして,研究していくうちにもっと確信のもてる知識を習得するには自分でやるしかないと思いました。しかし生来困難には弱い性格でしたので(田舎のボンボンの典型?),自分への投資と挑戦と思い,家内を拝み倒して自腹で当時一番高価なMacを購入して「背水の陣」を引きました。そんなこともあってか何とか理解できるようになり,人にも説明できるようになってきた時,たまたまお客様から品物の版下とフィルムのデジタルデータ化について問い合わせをいただき,その仕事を立ち上げるべくさまざまなもてる知識をすべて投入したことを記憶しています。

さて,DTPを研究していく過程で「デジタル化」というものが,紙媒体だけにとどまらず,いわゆる「マルチメディア」の追い風の中で普及し,長野市内の若手印刷経営者会で県の商工部からの補助を受けてCD-ROMを作る計画に私も加えていただく機会があり,実際その製作をすることとなりました。その当時,市内のDTPに精通(?)していると思われるメンバーが召集され,研究会が立ち上がりました。新しい可能性を胸に,いまだかつてないジャンルに取り組んだ「仲間」ができましたが,その際にもやはり新しいことだらけで四苦八苦,私も自分では少しは知っているつもりでしたが,見事に打ちのめされました。そして自分の知識に対する自信に揺らぎが出ました。仲間も同じような気持ちになり,メンバーの一人が「やっぱり最低限の知識の標準化は仕事の円滑化に欠かせないね」と言って1枚のIDカードを見せてくれました。そしてDTPエキスパート試験と出会います。皆で受験し合格し,長野市内の業界に普及させようと意気込んで集団受験勉強が始まりました。あるスクールから講師を招いて全部で5回の授業と試験を受け,一様に現実を知らされました。折りしもその若手印刷経営者会の行事と,エキスパート試験の受験日が重なり,集団欠席が受験のアナウンスになり,全く別なプレッシャーが私の中ですごく大きくなったことを覚えています。「もし落ちたら,いろいろな弊害を生むんだろうな。はぁ」。でも後には引けませんから,「受かるしかない」の一言で自分を叱咤(しった)激励し,ここで2回目の「背水の陣」が図らずも引かれます。お陰様で何とか合格できました。

なぜ合格できたのかは,やはり2回の背水の陣のお陰だと思います。この経験は会社を経営していく中,常に問われるリーダーシップに自分なりに役立っていると感じます。DTPビジネスにはタイミングというのが大きく影響すると考えます。企業の機動力を高めるには命令型でない,トップダウンが可能でなくてはなりません。それには労使のコミュニケーションが成熟していないと駄目です。現場のヒアリングや自分の方針のアカウンティングなどの際は,彼らに理解してもらうポイントを自分の中でまず精査できるようになったと感じています。それはそれまでの自分の詰め込んだままになっていた知識を受験勉強をすることにより系統立ててつなぎ合わせること,すなわち整理ができたからと感じています。なおかつ課題製作試験もあるわけですから,とかく社員に依存してしまう「面倒臭さ」や「煩わしさ」のその価値評価の指標になっていき,それは自分の中の単価設定基準に良い影響を及ぼしていると感じています。

しかし,DTPエキスパートとは言いながらも,この世界でプロとして就労していくには最低限の知識かなと感じます。実際,この資格をもっているからといって受注が増えるわけではありません。また決して他人に自慢する資格ではないからです。ただし,業界の中でこの資格をもっていれば採用の際,合否のある程度の目安にはなるのかなと感じています。経験はなくても知識のベース,すなわち詰め込みはほぼ終了しているからです。これが終了していれば,後は実労働がそれを整理させスキルを加速させると考えます。いわゆる知識が知恵になっていくとでも言うべきでしょうか。さらにこの資格のシステムでとても気に入っているのは更新試験制度です。われわれの業種の付加価値であるところの「経験と熟練」は,それまで技術的な要因が強かったと感じます。実際,私も入社してからハンドレタッチを経験しましたが,自分の不器用さを痛切に感じ,本当にこの仕事やっていけるのかと不安になったことを覚えています。よしんば経営者となり現場を離れたとしても,実際に製造能力のない経営者が現場の問題を的確に捉え,その改善策を指示できるとは到底思えなかったからです。しかし,DTPの出現により「経験と熟練」は知識的な要因が強くなっていく時代になりました。実際このように不器用な自分でも,それまでの技術的熟練が必要とされる製版を,コンピュータというツールを駆使することで曲がりなりにも製造できるわけですから。社会全体が高度情報化の中で発生・成熟・衰退というライフサイクルが目まぐるしく短くなってきている時代に対応していくには,人生の最初に得た知識だけで人の一生が終わっていくフロントエンドモデルから,絶えず新しいものや次のものを吸収していかなくてはならないリカレントモデルに変貌しています。そんな中で,このDTPエキスパート認証試験は,2年ごとの更新試験でこの時流に適合した資格維持システムを持ち合わせ,ベースにもっているものに常に新しくなるものを自然と付加していける,陳腐化しにくい性質が大きなメリットと感じます。

また,合否のポイントも受験をしてみて当を得ていると感じました。出題のベースに2系統,系17からなるカリキュラムをベースに5つのカテゴリーに仕分けされ,その各カテゴリーで合格点を取らないと合格できない,というところです。このエリアは非常に膨大なエリアに感じますが,実際私のいるような地方都市では,なかなか仕事を専門的に受注することが困難です。ですからページ物からチラシ,パンフレット,DM,紙器に至るまで,その受注はさまざまで,すなわち幅広い知識がどうしても実務で要求されてきます。それは,製版という印刷工程の中で致し方ないポジションでもあるのですが,さらに品質向上を目指すには前工程と後工程の知識がどうしても必要不可欠です。しかし,実務で培った知識は得てしてその場その場で詰め込んだ整理されていない知識になっていることが多いと考えます。私の体験のようにこれらが整理され系統立てて捉えられると,また一歩進んだ品質の向上につながると考えます。「品質」という同じ目的に向かって労使の分け隔てなく,ニーズに沿った良質な製品を社会に提供していく役割に真摯(しんし)に取り組み,不易流行を進め,次世代の担い手にこの仕事の意味を伝えていきたいと思います。

 
(JAGAT info 2003年12月号)

 
 | INDEX | | 閉じる |

2003/12/21 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会