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ワンパス1円の是非をMISは判断できるか

7月22日付けの「MISに欠けている情報提供機能」では、従来の印刷企業のMISで不足している点であり、今後のMISでは重要になる要件として「経営的な観点から戦略情報及び意思決定支援情報を経営者に提供できること」があると書いた。
次世代のMIS構築のポイントに関して、鹿児島県所在の中堅印刷会社、渕上印刷株式会社で情報管理システム「リゾーム」の開発に関わった総務部長 野元 達一氏から寄稿をいただいた。その全文は、JAGAT機関紙「JAGAT info 9月号」に掲載させていただく予定だが、その中で上記の経営者に提供すべき「戦略情報及び意思決定支援情報」の1例として、「ワンパス一円の是非をMIS は判断できるか」について書いていただいているが、以下にその部分を抜粋、紹介させていただく。

「このような経営判断(JAGAT注:「ワンパス1円(輪転)で受注すべきかどうか、原価的な判断基準を示せ」という経営判断)を的確になし得るためには、MISは次のような情報を提供できなくてはならない。輪転部門の費目別の原価計算。変動費と固定費、および限界利益率と損益分岐点の掌握。サイズ別のインキ消費量、版替え時間。過去一年間の機械稼働率(操業度)、機械通し数、色通し数、平均色数、機械通し原価や色通し原価などである。

 まず、どのような条件なら文句なしに受注可能であるかというと、輪転部門の機械通し原価が一円以下の時である。ただ、注意すべきは、インキの消費量と差し替え版の数量だ。次に、当社をはじめ、機械通し原価が1円を超えているような会社ではどのように判断すべきであろうか。原価を割っているから受注しないという会社はおそらく少ないであろう。逆に、少々安くても機械を遊ばせておくよりはましだから受注しよう、と判断する経営者の方が多いのではないだろうか。果たして、MISは経営者のカンを支えうる適切で実証的な情報を提供できているのだろうか。

 この仕事は、限界利益がどの程度出るのか、出るとすれば固定費をどの程度回収できるのか、ということが重要な判断ポイントだ。限界利益の金額の大小が受注の是非を決定する。例えば、この会社の平均的な月の原価構成が次のような数値であった場合の事例で検討してみたい。
 輪転部門の総原価 42,000(単位千円)
  変動費26,000 (62%)
   内インキ代20,000 (48%)
  固定費16,000 (38%)
 ※機械通し数30,000 千通し
 この会社の機械通し原価を計算すると、
42,000 千円÷ 30,000 千通し=1.4 円となる。

これから受注しようとする仕事は、機械通しが200万機械通し、受注金額はワンパス一円なので200万円。この仕事が平均的な仕事であるとすれば、原価構成は次のようになることが予想される。
 総原価 (200万×1.4 円 ) 2,800 千円
  変動費   1,736 (62%)
   内インキ代   1,344 (48%)
  限界利益(2,000 −1,736 ) 264 千円
200万機械通しの仕事を受注したときの原価は2,800 千円になりそうであるが、限界利益が264 千円あるので受注しないよりはましだろう、という判断がおそらく一般的であろう。
 ここで注意すべき重要な点を二つほど指摘しておきたい。ひとつは、受注しないよりましだという考え方の落とし穴である。仮に、ワンパス一円で受注し続けた場合、輪転部門はどの程度の赤字になるのかを数値的に理解しているかどうかだ。そのような情報をMIS が提供できているのかという問題が重要なのである。

 ワンパス一円が平均的受注だとすると、この会社の輪転部門はどの程度の赤字になるのだろうか。限界利益(固定費の回収)に注目したい。限界利益は総原価の38% であるから、この仕事では、2,800千円の38% の1,064 千円の限界利益を確保したいところであろう。ところが実際は264 千円しかない。確保すべき金額の25% しかない。ワンパス一円の受注を続けると、固定費総額16,000 千円の25%(4,000 千円)しか回収できないことになり、残りの12,000 千円は回収できない。つまり、月々12,000 千円の赤字を計上することになる。年間にして144,000 千円の赤字。これはとんでもない事態である。

 注意すべきもう一点は、インキの消費量を正確に把握しているか、という問題である。この仕事の場合、インキ消費量が1,344 千円以下であれば問題ないが、これを上回るようだと限界利益の264 千円を食いつぶすことになる。インキの平均消費量がさらに20%増加すると限界利益がなくなり、会社に残る金はいかほどもないということになってしまう。20%を超えると手出しになり、とんでもないことになる。インキの消費量は、受注の是非を判断する重要な指標であろう。

2004/07/28 00:00:00


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