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少部数出版と流通革命―いま,印刷界に突きつけられるテーマとは?

少部数出版と流通革命 後編

東京電機大学出版局 編集課長 植村 八潮
1998年11月30日開催セミナー「少部数出版と流通革命」より
講演内容を本人執筆
(Printers Circle99年5月号特別企画より)


 始めに,読者の皆さんに簡単なクイズである。「日本で一番売り上げの多い書店チェーンはどこか?」おそらく,多くの方が紀伊國屋書店か三省堂書店と考えたのではないだろうか。残念ながらハズレである。「では丸善書店か旭屋か」それもハズレ。となったあたりでお気づきの方もいると思う。そう,一般に本屋と呼ばれるチェーン店ではないのである。正解は「セブンイレブン」である。
 セブンイレブンは1993年に雑誌・書籍の売り上げが1000億円を超え,同時に紀伊國屋書店を抜いて日本一の書店となり,業界に大きな衝撃を与えた。昨年度の紀伊國屋書店の売り上げは1125億円(97年8月31日決算)。これに対し,セブンイレブンは1392億円。コンビニエンスストア(CVS)全体の雑誌・書籍の売り上げは5455億円で,何と出版物総販売額の15%を占めている。そのうち雑誌は約95%を占め,圧倒的である。CVSが90年代の出版界の量的拡大を支えてきたといえるのである。

■大型書店の出店ラッシュは朗報か
 一方,バブル経済の崩壊以降,不動産不況は大型書店の出店に追い風となった。集客力があり,床面積も広く必要なことから,ビルオーナーは積極的に書店を誘致した。テナント料の値下げに加え,大店法の規制緩和や再販制廃止の動きが重なり,大型書店の出店ラッシュが続いてきた。昨年はさすがにその勢いも一段落したが,今年3月になってジュンク堂が,全国一の大型書店を大阪の堂島にオープンした。売場面積1480坪,常時80万冊の在庫をうたっている。
 大型書店は多かれ少なかれ専門書・学術書の充実を売り物としている。「書店の金太郎飴化」といわれるベストセラー中心の類型的な書店が多いなかで,確かに大型書店ならではの品ぞろえはある。勢い読者も大型書店へ集中する。その結果,中小書店はますます厳しい経営を迫られている。
 効率化の名の下でレジにはPOSが導入され,売り上げや在庫のデータ管理が徹底され,受発注が瞬時に行われる。その一方で,パート・アルバイトの非熟練店員が増加している。かつては地方の中小書店でもかなり個性的な書店があり,専門書,少部数出版物を広く扱ってきた。今では転廃業を余儀なくされる書店も多く,残された書店でもパート・アルバイトが中心で,専門知識不足が指摘されるところである。
 大型書店と24時間営業のCVSにより,「町の本屋さん」はきわめて厳しい状況に置かれ,昨年1年間で1066軒が廃業に追い込まれている。
 地域文化の拠点を担ってきた書店が消えていき,POSにより食品雑貨と本を同等に扱うCVSが,雑誌・書籍販売の主流となりつつある。本がマスセール商品として大量消費される時代を象徴している。

■オンライン書店の登場
 ある専門出版社の営業マンは,小さな書店で自社の本が売れると,同じ本を補充せず,売れた本の類書を補充したという。つまりその書店での,そのジャンルの読者人数は限られており,同じ本は二度と売れないのである。
 また,かつてはどの書店にも外商担当がいて,地域に密着しながら家族構成に応じた児童書や辞典を各家庭に配本していた。このようなきめ細やかな顧客管理を必要とした専門書販売は,残念ながら拡大再生産型の書店ばかりになって崩壊した。
 気に入ったお菓子は何回でも買うが,同じ本を1人が2冊は買わない。これは書店にPOSレジが必ずしも有効でないことを示している。POSデータは人気商品と死に筋を見つけるのに有効であるが,売り上げをマスでしかとらえず,パーソナルな情報をそぎ落としている。
 しかし,オンライン書店ならば誰がどのような本を買い,そして同じ本を買った人はほかに何の本を買ったかが瞬時にわかるのである。一度オンライン書店で購入した人には,類書が発売されるたびに新刊を紹介することもできる。専門書や少部数出版物に必要な細やかなマーケティングや顧客管理が,ネットワークインフラにより再び可能となったのである。
 全国には2万5000店の書店があるといわれる。専門書の多くは初版1500部前後であり,とても全国の書店に行き渡らない。一方,学術専門書を扱う書店は,大型書店を中心に,多くても全国500店である。専門知識を失った書店の多いなか,少部数出版物を書店店頭で探すことはきわめて困難な状況にある。オンライン書店が少部数出版社にとって期待される理由でもある。
 オンライン書店でのベストセラーは店頭での売れ筋とほとんど変わりがない。人気が高く注文待ちの書籍ほど,オンライン書店で早く容易に入手できるからである。一方,従来書店ではなかなか常備できなかった個人文学全集の類が,オンラインにより全巻一括で注文されるようになったという。ベストセラーから在庫僅少の書籍まで,すべてを取りそろえられるのが理想的オンライン書店なのである。
 これは,欧米のオンライン書店でも同様である。新刊やベストセラーリストの40%という大幅なディスカウントにより,売り上げを伸ばしているアマゾン・コムであるが,時として思わぬベストセラーを生んでいる。アメリカ南部を舞台にした大河小説がベストセラーになったことで,似た設定の9年前に発売された小説が,常に同時に検索され,今になって売れ始めたという。専門書でも『ジ・エレックトロニック・デイ・トレーダー』がインターネットによる株の売買を扱っていることで,オンライン書店特有の売れ方を示し,時にはスティーブン・キングをもしのぐ売れ行きという。

■国内外のオンライン書店
 紀伊國屋書店のインターネット販売は月間8000万円を超え,順調に推移しているという。これは300坪以上の中規模書店の年間売上額に匹敵する。書誌情報では国内外300万件を収録しており,当然現実の書店で,これだけの本を並べるのは不可能である。
 書店以外の動きとして,大日本印刷の「専門書の杜」,リクルートとベンチャー系のJRS「本屋さん」の提携などが注目すべき動きである。
 ただ,今のところ日本では,アマゾン・コムのようなベンチャー企業や異業種からの参入で,成功を収めたオンライン書店はない。アメリカは広大な土地で書店普及率が低く,従来からブッククラブが利用されてきた背景もあるが,何よりオンライン書店の拡大競争が大幅なディスカウントを引き起こしていることが大きい。再販制度に定価販売が義務づけられている日本では,書店との差異化を図りにくい。
 逆にいえば,再販制度撤廃後はオンライン書店が書籍販売の台風の目となる。その日に向けて,海外オンライン書店の日本上陸の噂が絶えない。アマゾン・コムは再三,日本の提携先を求めて社長以下,役員が訪日しているし,アメリカ最大の書店であるバーンズ&ノーブル(B&N)や,ドイツのコングロマリットであるベルテルスマンの噂ものぼっている。
 昨今の大型書店とオンライン書店の動向を付け加えておく。まず昨年の10月,アメリカでのオンライン書店,ブックスオンライン(BOL)の営業を予定していたベルテルスマンが,B&Nのオンライン書店バーンズ&ノーブルコムの資本の50%を250億円で買収した。アマゾン・コムに対抗するためには,B&Nと組むのが最良と判断したからだという。
 さらに衝撃的なニュースが翌11月に伝わってきた。B&Nがアメリカ最大の書籍取次会社イングラムをおよそ720億円で買収するという。このニュースの大きさに隠れがちだが,見落としてはならない計画がある。B&Nのネットワークを生かしてイングラムの一部門,ライトニング・プリント社のオンデマンド印刷事業を拡大し,絶版本の需要にも迅速に対応するという。オンデマンド出版については後でも述べるが,これはもはや単にニッチではなく,近い将来売り上げにおいても,出版界の重要戦略として表舞台へ登場することを意味する。
 アマゾン・コム株の時価総額は185億ドルと,B&N(25億ドル)の7倍強に達している。昨年12月の利用者は913万人,B&Nが469万人,それぞれショッピングサイトとしては2位と4位の座を確保している。オンライン書店全体の売り上げは,97年度で1億5000万ドルであったが,98年度は6億ドルと見込まれている。このまま売り上げが伸びると,2002年に21億ドルに達し,アメリカ全書籍の売り上げの10%以上を占めると予想されている。
 アメリカの書籍売り上げも,昨年度はわずか0.6%の伸びで,かつてないほどの返品の量に苦しんでいる。日米できわめて似た状況である。ネットワークがもたらした流通革命やM&Aなど,現在アメリカで起こっていることは,規模の違いはあれ,いつ日本で起きても不思議はないのである。

■学術論文で始まった「オンライン出版」
 急速に進むインターネットビジネスは,数々のオンライン出版社を登場させた。オンライン出版の原型を,すでにインターネットの初期の段階で試みられていた学術論文の流通にみることができる。
 91年8月,ロスアラモス国立研究所のポール・ギンスパーグは,サーバに蓄積した学術予稿集をネットワークを通して配布し始めた。インターネットが脚光を浴び始めた時期だけに,科学ジャーナリズムは,この論文流通形態は,従来の紙への印刷を基本とした商業出版社にとって最大の驚異となると報道した。これは「ギンスパーグショック」として知られており,極端な予測として,著者と読者が直接,論文を情報交換し,出版社は不要になるとした例すらある。その際には,出版社の役割はともかく,紙の印刷業が不要になることは間違いはない。
 これを機会に世界の大手学術出版社は,書籍の電子化とオンライン配信の研究を開始した。オランダのエルゼビア・サイエンス社はアメリカの9大学と共同で,TULIP(The University Licensing Program)と呼ばれるプロジェクトを91〜95年まで行った。紙で発行されていた43の学術ジャーナルを,画像データとOCR入力によるテキストデータとしてサービスした。さらに,この実験成果を基に,EES(Elsevier Electronic Subscriptions)と呼ばれる商業サービスを95年から開始し,現在1200の雑誌タイトルを電子化して販売している。また,インターネットを利用したScience Directも開始した。
 サービスの準備を始めたころは,雑誌ごとにバラバラであったデータ形式を,SGMLによる統一データとし,紙,CD-ROM,オンラインのいずれのメディアでの利用も可能とした。その膨大な投資についてエルゼビア・サイエンス社は,「もはや後戻りのきかないデジタル化の道」と言う。

■オンライン出版のためのインフラの必要性
 海外の学術出版社が,積極的にオンライン出版を試みることができるのは,いずれも国際出版コングロマリットの傘下にあり,潤沢な資金の裏付けがあるからである。逆に日本の出版界では,電話と机があれば出版社ができるといわれきた。インターネットの利用が少部数出版に向いているとしても,零細規模の専門書出版にとっては,デジタルに対して投資することなどなかなかおぼつかない。
 ホームページを出版ととらえることもできるが,読者が膨大なインターネットの世界のなかで,目指す出版物に到達するのは容易ではない。個人も含めオンライン出版が広く知られ,経済的に成り立つためには別な組織が必要である。つまり,紙の出版社と同様にオンライン上の出版社が必要となる。
 さらにオンライン出版社が活動を維持するための経済的な保証や,代金回収を代行するインフラとして,現実の取次業と同様なオンライン上の取次が必要である。大手資本が行っているサイバーモールは,参加するに当たって逆に会費が必要である。現実の取次システムをもっと研究して,中小出版社が参加しやすいインフラができればと思う。
 日本書籍出版協会(書協)では,書籍検索サイトの成功を受けて,現在日本に流通するすべての書誌情報をデータベース化し,リアルタイムでの更新を目標とした「データベース日本書籍総目録」構築を推進している。この一環として,自社サイトをもたない出版社を対象に,ホームページの立ち上げサービスを行っている。現在,会員社の約半数238社がホームページを運営している。
 また出版業界紙「新文化」の調査によると,出版社のWebサイトは96年11月で約170社であったが,今年1月で577社と,昨年くらいから増加傾向がうかがえる。インターネット運営費の低価格化とともに,業界をあげた運動が功を奏したといえる。

■オンライン出版の例
 ベンチャー的なオンライン出版の試みは数多いが,今のところ好調な例はやはりアメリカのようである。97年創業のファーストブックス・ライブラリーは,今や1600を超えるタイトルと数百の無料タイトルを誇り,月間ヒット数30万回を誇るまでになった。アカデミックに始まりヤングアダルトまでの54分野か,キーワード検索により目的の本を探す。PDFやWordファイル,あるいはプレーンテキストなどが準備され,一部の立ち読みなどもできる。
 オンライン出版を望む作家から300〜500ドルを徴収し,印税として40〜50%を支払う。印税比率が高いのも紙刷り製本代のいらないオンライン出版ならではである。かつて書籍として販売され,現在絶版となっている本も提供されている。新しい販売チャンネルとして注目され,なかでもデータ更新が可能となったことで,レファレンスが特に有望である。紙の本より25〜50%低く設定されている。
 国内のベンチャー系オンライン出版社としては,honyaプロジェクトや,ピーノ電子本センターといった試みがあるが,いずれもブレイクするまでには至っていない。一方,メールマガジンを扱った「まぐまぐ」の急成長が話題である。大多数が無料とはいえ,3月末現在で6847誌,読者登録905万8883部という数字には驚く。
 デジタルコンテンツ販売の実験としては,凸版印刷のコンテンツパラダイスがある。前身のブックパークから数えて丸3年になる。少額課金としては「BitCash」とNTTの決済システム「NET-U」を採用している。さらに富士通,日立製作所,大日本印刷,ユーシーカードによるBookWorldが,昨年からの実証実験をひとまず3月末日で終えた。今後,商業サービスとして再出発する予定である。
 一方,漫画など新たなコンテンツを加えて4月にリニューアルを行ったのが,博報堂を中心としたFRANKENである。不正コピーの防止,著作権,課金などのために,利用するにはあらかじめイー・パーセル社が開発した電子配信ソフトをダウンロードしておく必要がある。
 デジタルコンテンツはデータ量の問題や切り売りできるメリットを生かし,ページ単位で販売されることが多い。しかしFRANKENでいえば,漫画1話で160〜200円の設定は,少額とはいえ雑誌1冊の値段に近い。デジタルコンテンツの適正価格は,運用していくなかで探っていくしかないだろう。現在のところ実証実験とはいえ,利益を追求するのは困難のようである。
 出版社としては,光文社が自社の文庫をテキストデータ化し,オンラインで提供している。電子書店「パピレス」が,光文社文庫の作家にデジタル頒布の権利許諾をとり,オンライン販売を始めたため,その自衛策として開始された。著者との出版契約でデジタル化権を設定しようにも,自らオンラインサービスをもたなければ著者の合意を得るのが困難という判断である。今後,中小出版社がオンラインサービスをもたず,契約を曖昧にしたままでは,オンライン出版社の囲い込みにあう可能性がある。
 小学館では97年に書籍,CD-ROMなどのオンラインショッピングを開設したが,当初月約32万円の売り上げが,今年の1月で約10倍の326万円。なかでもインターネットとCD-ROMを連動させたオンライン学習システム「ドラネット」が注目である。資格試験テキストのオンライン販売例はいくつかあるが,本をPDF化して配信するだけでは成功しないようである。オンライン出版には,紙ではできないこと,例えば読者に応じたカスタマイズやオンライン添削などのサービスが求められている。
 実験的な規模とはいえ,中堅以上の出版社はホームページの開設,オンライン受発注,デジタルコンテンツの販売と順調に推移しており,今後,独自のサービス提供がターニングポイントとなろう。

■電子書籍データの標準化
 オンラインでの配信形式には,プレーンテキストやPDFが主流である。T-Timeが好評であるが,Webページのテキストを読むだけでなく,ダウンロードしたプレーンテキストを読むにも便利である。ただ,出版社が書籍のテキストデータを準備するためには,CTSデータからタグなどの組版情報をはずす作業が必要となる。
 一方,DTP化された雑誌などでは,PDFにしてページ単位で販売することもできる。PDF配信のものには紙を前提としたレイアウトが多く,読者はプリントアウトして読むことになる。
 オンライン出版には,ルビなどの組版情報を残しながら,読者の要望に応じた,利用可能でフレキシブルなフォーマットが望まれる。今後,期待できるフォーマットとしては,2月に規格の公開レビューを終えたJIS「日本語文書の組版指定交換形式(案)」がある。この規格はタグ付けや特殊記号により,組版処理の指定も合わせて交換可能にしようというものである。例えばルビ処理でいえば,親文字とルビの関係を位置づけて指定することができる。
 電子図書館システムの実証実験のなかで,興味深いテーマとして,印刷用組版データを効率良く電子図書館のコンテンツに自動変換する実験がある。結果からいえば,完全な自動化には至らず,元データをあらかじめ変換しやすくする工夫も必要であった。しかし,このようなデータの川上と川下からの検証は今後の標準化に向け,重要な意義がある。
 3月に日本電子ブックコミッティーから,XMLをベースとした電子出版物の共通フォーマット「NET EB」※8が発表された。日本電子ブックコミッティーは,出版社や印刷,電機メーカーなど120社からなる団体で,8cmCD-ROMを中心とした電子ブックの推進を行っている。出版物データを電子化して,紙の書籍や電子出版物の制作,配信に効率良くできる仕組みを検討し,その成果を業界標準として提案していくという。XMLを利用している点に目新しさはあるが,その共通タグでの扱いはJIS素案に似ている。
 発表リリースにはフォーマットのほかに,電子書籍サーバや読むためのリーダが提案されている。このリーダは,本稿の前編でふれた電子書籍コンソーシアムによる電子読者端末のライバルになるといってよい。
 情報交換のための規格は,通信,放送がそうであるように,絶対的な標準である必要がある。また,規格提案者がそのことで利益を要求することはなく,ボランティアである。文書情報の交換形式を決めるということは,広く共有財産となる規格を決めることである。関係者は自社利益にとらわれずオープンな議論により,実効性のある標準化を実現してほしい。

■オンデマンド印刷とカスタム出版
 オンデマンド印刷やオンデマンド出版が話題となっている。日本では出版社がオンデマンド印刷機を導入するのではなく,印刷会社が新たなサービスとして導入しているように見受けられる。
 どこかDTPの登場と普及に似ている。本来DTPは,ライターあるいは編集者が自らパブリッシャーとなり,簡易に組版印刷できるシステムとして開発された。しかし,その結果は,印刷会社に廉価なCTSとして導入され,組版費の価格破壊を引き起こした。オンデマンド印刷が提案するメリットが,少部数印刷を可能とする経費削減だけだとしたら,明らかにDTPの二の舞である。
 オンデマンド印刷にはいくつかのタイプがあるようであるが,少部数出版社としては,ゼロックスの「DocuTech」のような,製本までを一括で行うシステムに魅力を感じる。重要な点は,テキストをデータベース化し,授業に必要なものを組み合わせて出力するカスタム出版が可能な点である。昨年,アメリカ大学出版協会年次総会において中心的な話題となったのは,オンライン書店による発注とともに,このカスタム出版であった。
 日本でも学生人口の減少を機に,少人数教育の導入が始まっている。教科書は少部数となり,学内専用のテキストも増えている。カスタム化の準備がオンデマンド印刷の鍵を握る。
 大学教科書のカスタム出版としては,マグロウヒルがコダック,ダネリーと組んで90年から始めた「primis」が先駆的であった。Webページには「ニーズ,教育法,スタイル,コンテンツ,構成に合わせてカスタム化する」と書かれているが,これは今でもカスタム出版の重要なコンセプトといえよう。
 このサービスがなくなる一方で,新たに同様のサービスも始まっている。既に述べたライトニング・プリント社※9は,ハーバーコリンズやオックスフォード大学出版などと契約し,積極的にデジタルライブラリを構築している。アメリカのもう一つの大手取次ベーカー&テーラーにも,同様のサービスがある。またゼロックスの「ブックインタイム」サービスはよく知られているところで,昨年もドイツの取次と契約を交わしている。
 一方,作家自らの行動として,絶版になった本や少民族文学の作品を発表するため,97年1月にスウェーデンの作家たちによる「ブックス・オンデマンド」※10の運動が始まっている。
 日本でも富士ゼロックスのオンラインサービスにBookPark※11がある。さらに,スキャナなどで取り込んだ書籍をインターネットを通じて,ページ,章,本単位で販売する出版システムの外販も始めるという。
 今のところ,コストとしてはむしろ高めかもしれないが,魅力あるオンデマンド出版が世界中で始まっている。

■オンデマンド印刷がもたらすビックバン
 本を編集する経験からいえば,どんなにベストセラーをねらったとしても,一人ひとりの読者がみえてこなければ失敗である。極論すれば本にはマスマーケットなどなく,個々人の購入による1冊ずつの積み重ねの結果が,ベストセラーになっているだけである。つまり,本は多様性に富んだパーソナルメディアである。この点で,インターネットと相性がよい。
 オンラインではきわめてパーソナルにカスタマイズされたコンテンツが,膨大なトラフィックとなって流通している。本も同様である。いや,同様になってほしいと夢見ている。オンデマンド印刷が普及すれば,一人ひとりの読者に合わせて編集された多量の本が出版されるであろう。
 決して荒唐無稽な話ではない。ヤマト運輸が小口荷物の個別配達を開始した時のことを思い出してほしい。小口の積み重ねが企業の繁栄をもたらすなど,当時,運輸業界の何人の人が想像しただろうか。
 スティーブ・ジョブスがジョン・スカリーをペプシコーラからスカウトする際,「いつまで砂糖水を売っているんだ。世界を変えないか」と言った話は有名である。単一商品を多量に販売するコーラは,今でも喉の渇きをいやすだけであるが,パーソナルなコンピュータはその予言どおり,世界を変えたのである。同様にオンデマンド印刷によりパーソナルな印刷が可能になれば,間違いなく印刷業界に変化をもたらすであろう。
 本稿の前編で「少部数出版と本作りの原点回帰」と書いたが,本作りの一つの究極の形がパーソナル出版であり,その実現のために印刷会社との連携作業がますます重要になっていく。

■印刷会社と出版社の業態変化

出版界におけるデジタル出版の位置づけ


 従来の出版社は編集,製作,営業販売の3分野に大きく分けられてきた。デジタル出版に当たっては,その3者が融合した組織や人が必要である。同様に出版界にあっては,著者と出版社と流通が融合したところにデジタル出版が存在している。
 出版社はある意味でメーカーであるが,物を作る機械は何ももっていない。組版から印刷,製本まで,すべて外部の力に依存してきた。規模の大小はあるが,今後出版社は技術力をもった印刷会社と共同で,デジタル出版を目指すことになる。紙の印刷物が仮になくなったとしても,おそらく技術的な環境を整えるのは印刷会社である。80年代にCD-ROMが登場した際,印刷の危機が叫ばれた。しかし,印刷会社は常に時代の技術とともに歩み,ユーザニーズに応える形で変化を遂げてきた。DTP,CD-ROM,HTML,TeXと,ちょっと思いつくだけでも,出版社は印刷会社の技術に依存している。

■読者と本の環境変化
 最後に,少し将来的な話で本稿を終えようと思う。
 熱狂的な人気のゲーム開発者から聞いた話である。彼の開発したソフトはいわゆる恋愛ゲームで,主人公が複数の女の子とデートを繰り返し,その時々で選択肢を選びながらゴールまでたどり着く。読者(ユーザ)はディスプレイに現れる文字によってストーリーを追っていくという,シンプルな構造のゲームである。驚くのはその文字量である。文字だけ抽出して約2メガバイト。1文字2バイト換算で,約100万文字であるから,単純計算で400字詰め原稿用紙で2500枚となる。それを高校生や大学生が熱狂的に読むのである。彼は「若い人はディスプレイだから読むのです」と言い切ったのである。
 エキスパンドブックやPDF,さらに高精細液晶画面など,ディスプレイの文字を読みやすくするために,様々な工夫や開発をしてきた。しかし,ねらいに間違いはないのだろうか。子供たちが熱中するポケモンゲームを手にした方は気付いたはずである。画面に現れる文字の劣悪なこと!
 また次のエピソードをよく思い出す。ニューメディアブームといわれた89年に,マルチメディアパソコンに多大な影響を与えたアラン・ケイの来日公演があった。彼は生後22カ月の女の子がMacintoshを使いこなしているビデオを披露した後,こう付け加えた。「彼女にとってMacintoshはニューメディアではない」。最初に出会ったメディアの影響は間違いなくある。会場を後にしながら,彼らが将来学ぶ本は,今と確実に違うという予感にとらわれていた。彼女は今13歳である。
 また,3歳の子の60%がビデオを扱えるという調査報告がある。識字前に自らビデオから情報を得た映像世代の後に,パソコンを主体的に使って育った世代が続いている。
 インターネットや電子書籍に対する賛同も抵抗感も,しょせん活字世代の頭のなかにあるだけなのかもしれない。大学でインターネットを使いこなしている学生たちは,抜群な反射神経でゲームを楽しんでいる。彼らが消費マーケットを作り,学術教育をリードする世代に育った時,出版も変わる。それはもうすぐそこまで来ている。
1998年11月30日開催セミナー「少部数出版と流通革命」より
講演内容を本人執筆
(Printers Circle99年5月号特別企画より)
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1999/12/24 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会