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インターネットが雑誌作りを変えた

株式会社ダイヤモンド社 デジタル情報局次長 田代真人
99.8.31開催セミナー「出版界が危ない!新しい技術が創出する21世紀の出版と印刷物」
(JAGAT info99年12月号特集より)




■出版社に必要なのはマーケティング
出版不況の現状は深刻である。漫画誌も読まれなくなった状況下で,出版社が一番真剣に考えなくてはいけない課題は,マーケティングの必要性だろう。
大手出版社はマーケティング手法に長けていて,ベストセラーを出すというよりも,ベストセラーを作り出している。例えば,POSシステムで販売データを毎日チェックし,売り上げのカーブがいつもと違うと,ベストセラーになる要素があると判断して,重版を決め新聞広告を出す。通常,出版社は新刊の発行前後に新聞広告を出す。しかし,最近のベストセラー『五体不満足』などは,1週目,2週目,1カ月目,2カ月目,3カ月目と,新聞広告を次々と出して,それも巧みに読者からのアンケートを入れた広告で煽っていき,ベストセラーを積極的に作り出した。事前のマーケティングと事後のケアがしっかりしているという模範的な例だろう。

■従来の専門業務分担,機能分担は通用しない
デジタル化の進展は,単に制作ワークフローの変化だけではなく,組織全体に及ぶような大きな変化を促している。
まず,編集者,ライター,デザイナー,レイアウターなどの従来の役割分担があいまいになってきた。誰がどこまで担当して,どこまで責任を持つのか。誰にとっても,実はあまり楽ができない状況になってきている。
『週刊ダイヤモンド』のデジタル化は,1996年初頭にコストダウンを目指して始まった。週刊誌なので,影響のないところから少しずつMacDTPに移行した。それと同時に,1996年中にDTP化が完了するという見通しのもとで,そのデジタルデータを活用して,テキストデータを販売する計画が生まれた。しかし,QuarkXPressのデータを簡単にテキストデータにできるというのは大きな誤解で,でき上がった雑誌から入力したほうがよほど速く,安い。
さらに,記者がワープロ入力したものをパソコン通信で流すという話もあった。しかし,入稿時点では原稿は確定的でない。確定的ではないが入稿しておいて,次のゲラが出るまでにウラを取る。ウラが取れなければその部分を削るし,取れたらもっと詳しい話を載せる。最終的には生産物である'雑誌'に正確な記事が載ればいい。つまり,「印刷物まずありき」の記事作りから脱却しない限り,入稿データを公開するということは不可能に近い。結局それ以来,テキストを外部に提供するという計画は頓挫したままである。
その後,何かいい方法はないかと探しているときに,PDFが1997年に出ることを知った。PDFなら従来からのワークフローを変えずにデータの再利用ができるのではないかと考えた。実際,プリプレスの最終工程でファイルには手を加えず,最終データをPDF化するだけの作業でよいので,編集現場に影響を与えることなく,記事の'デジタル化'が行われた。現在,実験的に定期購読者に限ってインターネットを通じてPDFデータの無料ダウンロードサービスを行っている。

■スクープもホームページで紹介
1997年から,毎週月曜日発売の『週刊ダイヤモンド』の目次を前の週の金曜日夕方にホームページ(http://dw.diamond.ne.jp/)に載せるようになった。キヨスクの店頭や新聞広告を見てからではなく,事前に読みたいという気持ちを煽って購買につなげたいということで始めた。
そのうちにスクープの問題が出てきた。ホームページで「スクープ」を発表しようと編集長に掛け合ったが,時期尚早ということで叶わなかった。そのため,スクープ記事がある週は,日曜日の正午まで目次を出せなくなった。
ところが,月曜日になって本当にスクープになるかというとなっていないのが現実だった。週刊誌の記者,特に『週刊ダイヤモンド』の記者はウラを徹底的に取る。取れば取るほど当事者に近づいていくので,結局,当事者に感づかれてしまい,土曜日に記者会見を開かれてしまう。そういうことが何度となく繰り返されてきた。月曜発売の雑誌に掲載されるスクープ記事が,既に前の週の土曜の夕刊やテレビのニュース,日曜の朝刊に詳しく載っているのである。
今年になって,いよいよネットを無視できないということで,スクープもホームページに載せることになった。雑誌が売れる売れないという問題ではなく,スクープを出すことによってダイヤモンド社のホームページの認知度を上げようというわけだ。しかし実際にやりだすと,翌週発行される誌面の構成も変わっていった。それまではスクープがあると,インパクトを考えて前のほうのページに載せていたが,ネットで発表するようになって以降,既に一度発表されていることもあり,気負いがなくなったのか後ろのほうに載せる余裕も出てきた。
つまり,ホームページに掲載されることによって台割りさえも変わった。来年からはホームページにある程度記事を出せるような体制になっていくだろうし,たぶん今後は,記者の記事作りのリズムや週刊誌の誌面作りも変わってくるであろう。
ダイヤモンド社創立86年の歴史は,イコール『週刊ダイヤモンド』の歴史でもある。週刊誌の記者としての体質もその一部で,伝統でもあった。しかし,デジタル化によって,そういう体質も含めて変わらざるを得ないところにきているといえよう。

■インターネットが出版社の格差をなくす
インターネットがこれだけ普及し,どの情報が正確か不正確か,混沌化すればするほど,実はブランドが威力を増してくる。『週刊ダイヤモンド』の記事だったら正しいだろうということになってくる。ブランドにますます磨きを掛けなければいけないのがインターネットの時代だろう。
また,近年中に再販制度の撤廃が予想される。そのとき一番影響を受けるのは中堅出版社であろう。再販制度が出版文化を守ってきたといわれるが,それはインターネットがなかった時代の話である。少部数の出版社であっても良い本を出せば,大部数の出版社に勝つことはできるはずだ。
ダイヤモンド社も1997年9月2日にホームページを立ち上げたが,同時に検索データベースを付けてブック販売を始めた。それによって,店頭に並ばない本が売れていく。昔から埋もれていて店頭に並ばないような本が,データベースによって欲しいという人の目の前に現れて購入されていく。それだけでも相当大きな違いがある。
また,大部数と少部数の出版社で大きな違いがあるとすれば,既存のメディアに対する広告宣伝だ。しかし,新聞や週刊誌といった既存のメディアが実はもうインターネットに取り込まれようとしていることを考えれば,ますますその差はなくなっていくのではないか。しかもネットには口コミの数倍強力な'ネットコミ'ともいえる情報伝達の手段がある。その意味でも,次なるコンテンツは何かを,マーケットも含めて考えていくことが最大の課題だ。

■もはやパッケージではない
次の展開を考えていくと,もはやパッケージを考える段階ではない。ひとつのものをどう表現するか。紙は絶対的に必要なのか。これによって,編集部自体も形態を変えざるを得なくなってくる。『週刊ダイヤモンド』の記者も編集者も印刷物にするために日々取材をしている。だから,取材をするときにビデオカメラは持って行かない。しかし,アウトプットがこのように多種多様になってくると,もはや紙だけをターゲットにした取材のあり方自体も考え直さなければいけない。
『週刊ダイヤモンド』の記事は,PDFによってホームページで全文紹介しているが,リファレンス的に利用されている。1週間過ぎて古いネタになるものもあるが,ならないもののほうが多い。データベースになればなるほど便利だ。そうすると,もはや紙でなくてもいい。
ビジネス情報も含めて情報誌的なものはデジタルに置き換わるだろう。実際,現在一番売れている出版物は実用書で,これはデジタル化に適している。つまり,どこから読んでもいいから,データベースで検索できる。
では,紙では何が残るかといえば,文芸書や美術書ではないだろうか。あと数十年もすれば紙と全く同じような携帯型のモニタができてくる。丸めることもでき,鞄の中に入れることもできるし,A4の大きさで,相当高密度の文字を表示できる。そうなると,紙に何を求めるかといえば,人間の皮膚感覚でしかなくなってくる。つまり,個人的趣味で,紙の手触り・インクの匂いを楽しみながら読むという状況になる。

■Webと雑誌のメディアミックス
昨年12月に『ダイヤモンド・ブレイク!』という雑誌を立ち上げた。これは既存の編集部では新しいメディアを作ることはできないのではないだろうかと考えて始めたものだ。実際既存の編集部に,明日から取材にビデオカメラを持って行けといってもできない。企画を考えるときも,2ページなら2ページという紙単位で考えてしまう。1ページのインタビュー記事の取材の場合,その1ページ用ということだけを考えてインタビューの時間を終わらせてしまう。その先がない。雑誌と完全に連動させるべくインターネットサイト(http://break.diamond.ne.jp/)も立ち上げたが,この場合どうしても動画は外せない要素だった。例えば,表紙撮影の裏側を動画も含めて載せて,読者にも臨場感を伝えようと試みている。これだけでも,今までの雑誌のあり方とは変わってきているのではないか。この雑誌自体は試行錯誤の連続だが,どうすれば連動して面白いことができるのかを常に考えている。
デジタルビデオカメラを持ってアイドルの取材に行っても,雑誌に載せられていない材料をWebにだけ載せるところまではまだ実現していない。しかしファンなら本当に欲しいものだろうし,今までの雑誌では表現できなかったものだ。それがこれからどんどんできるようになっていくだろう。そのためには,編集者やライター自身の意識が変わっていかないとできない。取材に行く前の段階で,ネットなら何ができるかを考えておかないと次に進めない。
アメリカの『ナショナル・ジオグラフィック』のエディターはほとんど皆デジタルカメラを持って取材に行き,ビデオを作って販売したりもしている。日本でも同じようになっていくだろうし,読者も期待しているだろう。

■DocuTechによるオンデマンド出版
ホームページの立ち上げ当初から,富士ゼロックスと一緒に,隔月刊誌『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス』に掲載した論文を売るサービスも始めた。ダイヤモンド社だけではなく,日経ビジネスや東洋経済など他社の記事も集めて一斉に検索できて,必要な論文をまとめて1冊の本にできるといいと考えた。読者にとっては,どこの出版社なのかは関係なく,自分の欲しい論文を一度に検索できたほうが使い勝手がいいのである。とはいえ,実際には難しく,結局,コンサルタント会社や大学がいくつか加わってサービスを提供している。最大何百ページという物理的制約はあるが,データベースの中から好きな論文を選んでDocuTechを使って1冊にして届けることができるサービスだ。
最近は日販やトーハンもオンデマンドによる書籍提供のサービスを発表している。再販後も考えたうえでの戦略なのだろう。

■紙は絶対必要か?
実用誌・情報誌は,必ずしも雑誌で読む必要はない。逆にリファレンス機能を考えるとネットでのコンテンツの提供のほうが便利で,今後ますます普及していく方法ではあるだろう。
とはいえ,『東京1週間』や『ぴあ』で300円弱と,雑誌の値段は安く,あれだけの情報をインターネットで提供しようとしたら,何万人買うと計算してもコストが合わない。しかも'一覧性'というメリットもある。となると,雑誌は現状のままで,プラスアルファとしてリファレンス機能はインターネットを使うのが現実的な話だろう。
『ダイヤモンド・ブレイク!』もホームページだけで立ち上げようと考えていたが,インターネット自体もマーケットとしてまだ過渡期にある。当初ホームページ上で3カ月くらいまめに宣伝したが,10万部を超える雑誌の発行をしたとたん,その日から一気にアクセス数が数十倍に上がった。現状では雑誌のほうがはるかに効果が大きいのだ。しかし,年々インターネット人口は加速度的に増え続け,2001年の暮れくらいには,逆転に近い状況になるかもしれない。
出版社としては大きな問題になるが,著作権の定義もあいまいになってくるだろう。著作権,これは複製権と言い換えてもいいかもしれないが,複製することは出版社の特権だった。それが,いまタダで瞬時にコピーできてしまう。そうなったときに著作権とは何ぞや,ということになる。印税も絡めて著作権のあり方も当然変わってくる。
雑誌のタイアップ広告の方法も変わってきた。今までは,雑誌に掲載した広告記事を,2次利用として抜き刷りを作って販促に使った。今は雑誌とWebを半々の重みで作って,雑誌からWebに誘導してほしいといわれる。さらにWebのデータを自社のホームページに入れてくれという。となれば,半永久的にクライアントはデータを利用することができる。つまり,紙なら印刷した部数を撒けば終わりだが,データごと渡す,しかもホームページに載せてしまうとなると,アクセスの回数や掲載日数で請求するわけにもいかない。前例がないので,そのつど考え対処しているというのが現状だ。
今年の中盤くらいから,クライアントからもWebと雑誌の総合的なタイアップ企画を考えて欲しいという要求が出てきている。紙の役割とネットの役割を考えた上で,総合的なプロデュースができる人材が求められている。印刷会社にとっても,印刷物だけにとらわれていては先の展開がない。このような状況に対して出版社も危機感をもっている。だからこそ,現状を打開して新しい展開を考えていく,新たなパートナーシップが必要だろう。

99.8.31開催セミナー「出版界が危ない!新しい技術が創出する21世紀の出版と印刷物」
(JAGAT info99年12月号特集より)
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1998/12/27 00:00:00


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