本記事は、アーカイブに保存されている過去の記事です。最新の情報は、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)サイトをご確認ください。

インクジェットプリンタインクの変遷と技術動向

印刷業界をはじめ産業用として期待されるインクジェットプリンタの,ヘッドやインク技術などの開発動向について, セイコーエプソンの佐野 強 氏にお話を伺った。

インクドロップ量の変遷

エプソンは,1990年以降カラーインクジェットプリンタを市場に出してきた。当時は,インク重量が90pl(ピコリットル)であったが,技術が進むに連れてインク重量も小さくなり,2003年のPX-G900では,1.5plのドットサイズにまで小さくすることができた。
ただし,ノズル径のサイズは,当初約40μmであったが,現在は20〜30μmであり,インク重量は小さくなっているが,ノズル径はさほど小さくなってはいない。

ノズル径のサイズを小さくすればインク重量を小さくすることは可能であるが,大サイズのドットを打つことが困難になる。大きいドットを打ちながら小さいドットもしっかり打てるように,小さいドットはヘッドの駆動波形技術で制御する仕組みになっている。
1990年代,720dpi×720dpiを埋めるためのインク重量は,スクエアで一辺35μmという勘定になる。この場合は円なので,対角線を取ると,50μmあれば基本的に720dpiが埋まることになる。

しかし,現実には90μmのドット径を必要とした。これはドット制御ができなかったというより,位置精度が正確に出せなかったため,このようなドットサイズが必要になったのである。 それに対して,1997年頃になると,同じ720dpiスクエアの解像度でも19pl,径68μmで制御できるようになった。さらに,同じヘッドを使い1440dpi×720dpiの解像度を出すため,55μmのドットサイズを10plのインク重量で制御できるようになったという技術的変遷がある。

ヘッドの構造と技術

エプソンのヘッドは,大きく分けて2種類のピエゾヘッドがある。MLP(Multi Layer Piezo)タイプと,MLChips(Multi Layer Ceramic with Hyper Integrated Piezo Segment)タイプである。ピエゾの部分に電荷を与えると,ピエゾが収縮する。その下にインク室があり,収縮によってたわみを与え,インクを水鉄砲のように押し出す仕組みになっている。
MLPタイプはピエゾが縦になっているので,変位を大きく取ることができる。MLChipsは横になっており,たわみが少ないが,その分変位が少なく,インク重量を稼げないデメリットがある。

ヘッドタイプとしては大きく分けて2種類あり,当社はピエゾ方式,他社ではサーマル方式が多く使われている。サーマル方式は,シンプルで安く簡単というメリットがあり,圧倒的優位に立っている。ただし,ピエゾ方式は吐出制御が的確,機械的に管理でき,マルチサイズも容易にできるメリットがある。ヘッド寿命も静的なので長く持ち,基本的には交換も不要である。
シンプルかつ安いので,ヘッド寿命は短くても換えればよいという考え方もあるが,印刷を仕事にしている場合は,ヘッドを換えると,その都度位置精度やICCプロファイルの調整等作業の繁雑さが発生する。

インク開発側から見ると,サーマルは熱を使い,熱に弱い材料は使いづらい。ピエゾ方式は熱がさほど上がらないので,熱に対して考える必要はなく,インクの自由度が高まる。アウトプットのクオリティを考えて,インクを作り込むことが可能になるという点において,インク開発の技術者にとってありがたいヘッドである。

高画質化に向けたインク技術の進化

ハイエンド機種のインクジェットプリントの要求仕様を以下にまとめた。
1.色再現
2.グレーバランス(トーンが捻れたりしないこと)
3.滑らかな階調性
4.墨濃度(濃いこと)
5.光源依存性(メタメリズムがないこと)
6.メディア対応性(同じ色が出せること)
7.光沢性
8.画像の保存性(色持ちがしっかりしていること)
これらは,インクの機能そのものに依存するので,インクの開発が必要になる。

 基本的に,CMYKに対してライトシアン,ライトマゼンタ,さらにグレー系統を加えるものがある。また,ガマットを広げるという主目的に対してレッドやブルー,グリーンを入れたものがある。
2000年に開発されたダークイエローは,イエローとライトシアンとライトマゼンタの3色を混ぜて1色で表したものである。従来,3ドット必要だったものを1色で網羅することができ,例えば人肌の影になった部分の階調表現が豊かになるメリットを得ることができた。

したがって,総インク量が低減することにより,インク重量を最大3分の1に減らし,シャドー部の粒状性を大きく改善した。これはフォトプリントとして技術的に一歩進んだ開発になった。
また,画像の保存性を向上させるためには2つのアプローチがある。1つは顔料を用いることである。顔料はもともと耐光性がよい。ただし,光沢がないという課題があり,光沢を改善するアプローチで進めている。2番目は,画質がきれいな染料を使用することである。しかし,保存性が足りないので,新規染料を開発するアプローチがある。

記録メディアの表面を横から見た場合,染料は平滑な印刷面を持ち乱反射がなく,顔料では印刷面が平滑でないため乱反射が多い。染料インクの場合は表面の下側で発色を得ている。したがって,メディアそのものの面質を得ることができる。顔料は表面の上に粒が乗った状態になるので,面質は顔料の粒そのものになってしまう。顔料粒が乗るほど,盛り上がりが出るので光沢はなくなるのである。
したがって,課題は顔料を用いた上での光沢制御という点である。顔料そのものは,粒の周りに樹脂コーティングさせたカプセルインクを使用しているが,カプセル化した樹脂そのものの改良により,メディア表面の平滑性を向上させた。さらに,データのないところにグロスオプティマイザというインクを差すことで,全体として平滑な表面を得ることができ,光沢を向上させる技術を開発した。

 新たに開発した顔料K3インクの構成は,ブラック,グレー,ライトグレー,シアン,マゼンタ,イエロー,ライトシアン,ライトマゼンタの8色である。ブラック,グレー,ライトグレーの3色をK3と呼んでいる。
モノクロの品質が優れなければ,クオリティの高い部分においてはカラーも優れないというコンセプトで作っている。
フォトブラックとマットブラックについてはメディアに応じて使いわける。ハイエンドを目指すときは,それぞれのメディアに応じたものを出さなければならないと考えている。

カラーの特徴は,グレーバランスが良くなり,ハイライトからシャドー部まで,滑らかな階調性を得ることができる。また,最高濃度も上げることができた。
 この新インクの開発により,モノクロ写真やグレーの品質が向上した。モノクロやグレーの品質が安定しないとカラーも安定しないのである。階調性やメタメリズム,耐擦性も改善した。正確な色制御特性を持ち,コントロールが容易になったインクである。

(テキスト&グラフィックス研究会)

2005/10/15 00:00:00


公益社団法人日本印刷技術協会