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国立公文書館のデジタルアーカイブとその利用 その3

アジア歴史資料センターの紹介

2005年5月現在,画像点数約1,000万,目録件数約67万を提供している.インターネットで公文書の画像データを提供するデータベースとしては,世界最大級と言っていい.7年後には,約3,000万点のデジタル画像をインターネットで提供していく.

センター設立の発端は,日中・日韓で問題になっている歴史認識である.10年前に,当時の村山総理が近隣諸国との相互理解のために何が欠如しているかを考えた.日韓・日中関係の歴史認識問題で一番欠落していたのが事実の確認である.「従軍慰安婦」がいたのか,「南京大虐殺」が本当に起こったのか,「731部隊」が存在したのかという事実確認が日・韓・中で共通の証拠資料をベースに議論されなかったことが問題であった.それぞれの言い分は,きちんとした公文書や証拠資料に基づいて議論されていないために,いつまでも平行線である.

しかし当時の公文書を見ると,いくつかの問題が解決するのは明らかである.例えば,「竹島問題」がある.国立公文書館所蔵記録の中には,江戸時代から明治初期に日本人が「竹島」と呼んだ「蔚陵島」に関する資料がある.これらの資料を読めば「竹島問題」解決の糸口が見える.

日中間でも,同様の問題がある.例えば「南京大虐殺」である.アジア歴史資料センターが提供する資料を見ると,「虐殺」を直接裏付ける資料はないが,当時,日本軍の法律や規則にはかっても違反した深刻な犯罪行為の記録がある.「皇軍としてあるまじき行為」(南京攻略時の総司令官松井石根の言葉)が起こったことを否定できない資料がある. インターネット以前は,公文書を見るために東京の公文書館に出向く必要があった.しかしインターネットなら世界中から200人,300人が同時に見ることができる.

アジア歴史資料センターは「いつでも」,「どこでも」,「だれでも」,「無料」で利用できる「ユビキタス」な情報提供システムである.しかし,コンテンツがインターネット上でアクセスできても,どこに何があるのか分からなければ利用できない.そこで重要となるのが検索システムであり,その資料が持っている「メタデータ」である.「メタデータ」とは「データについての情報を記述したデータ」と言われる.単なる文字列としてのデータではなく個々のデータが作成者,時間,組織などのデータの属性で検索出来るシステムである.日本の場合,図書館の検索システムでは探している資料はなかなかヒットしないといわれる.その最大の理由が検索対象となるデータが本のタイトルや付与された多少のキーワードに限られている点である.

センターの検索システムは,コンテンツを検索できるようにするための基礎となるメタデータを付与している.国際的な文書記録の目録記述標準であるISAD(G)とインターネットのメタデータ標準として開発されたDublin Coreを合わせた目録システムを採用している.

例えば,米国側の実質的な最後通牒として日米開戦の契機となったとされる「ハル・ノート」を渡した状況を伝える米国の国務長官ハルが東京のグルー大使に送った暗号電報の日本語訳がセンター資料に含まれている.今まで,アメリカ側が日本の暗号解読をしたことは知られているが,日本側がアメリカの暗号解読をしたということは,ほとんど知られていない.実は日本側もアメリカの暗号を解読していた.この記録はずっと外交史料館にあった.公開されていたので探せば探せた.しかし,刊行された目録の中には「日米開戦交渉経緯」と「特殊情報」という件名しかない.したがって,中を開かない限りそこに何があるかわからない.しかし,センターのシステムでは「ハル・ノート」で検索すれば資料を見ることが出来る.

アジア歴史資料センターのホームページトップの検索方法は,50音検索,キーワード検索,キーワード詳細検索がある.例えばキーワード詳細検索で,「南京攻略」と入れると,資料が15件検索される.陸軍の公式文書の中に「杭州占領に伴う秩序維持,配宿などに関する件」という資料がある.資料から陸軍が南京で何が起こったかを知っていたことが分かる.中国や国内の一部の人たちの主張と違っているのは,事件が陸軍や天皇の命令で起こったのではない点である.戦争ではどこでも起こる可能性のある悲劇だったと言える.

辛い資料もたくさんあるが,そればかりではない.「中学校生徒」と「修学旅行」でアンド検索をすると「反軍的俗歌放歌に関する件」という陸軍の資料が出てくる.修学旅行で上海行きの船に乗っていた中学生が,「ひとつとせ,人も嫌がる水兵に志願で出てくるバカもある」と歌ったという記録である.壁を隔てて乗船していた海軍の兵隊50名がその歌を聞いて怒り「歌った者は出てこい」ということで騒ぎになったことの顛末を陸軍省に報告した臨場感あふれるものである.

このように,公文書とは決して堅い話ばかりではない.いろいろおもしろい話もある.本文の先頭300文字程度をテキスト化してメタデータの内容部分に取り入れているために,思いつきで検索してもいろいろなものが出てくる.「カルピス」でも検索される.関東軍がカルピス類を送って欲しいというリストで,ほかにホープ,チェリー,アサヒ,バット,たばこ類,キャラメル,グリコなどがリストされている.歴史読み物を書くときの生資料の宝庫である.

開設から2年でアクセス100万件を超えた.現在,1日3,000件以上のアクセスがある.一部写真もあるが圧倒的に中身が文書なので面白みはない.そこで,より多くの人々に公文書への関心を持ってもらうため「公文書で見る日露戦争特別展」というコンテンツをインハウスで作った.2004年2月の公開時,朝日新聞夕刊トップに取り上げられ,1日で3万を超えるアクセスがあった.今でも日々700件くらいのアクセスが続いている.2004年末からは「公文書で見る岩倉使節団」を公開している.

センターが提供する資料には,今までの歴史的な解釈を変える可能性があるものも含まれている.研究者なら,これらの資料を使って論文が書けるだろう.さらに資料の中にはビジネスチャンスになる可能性を持つ資料もある.例えば戦前の陸軍の特許に関する資料である.「低級脂肪ノミヲ除去セル乾燥肉ノ製造法」や「麺麭(パン)焼に転用し得る炊飯用電極」などの特許や実用新案資料を見ることができる.見方によっては宝の山である.

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2005年5月26日通信&メディア研究会拡大ミーティング「コンテンツの流通と保護」より

2005/07/23 00:00:00


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