研究調査」カテゴリーアーカイブ

立体印刷でHALSとはどういう印刷ですか。

※本記事の内容は掲載当時のものです。

ナンデモQ&A:特殊印刷

Q:立体印刷でHALSとはどういう印刷ですか。

A:立体印刷は平面上で絵柄が浮かび上がって見えたり奥行き感をだす等、視覚的に立体感を得られる印刷であり、ホログラムやステレオグラム、2枚写真法、レンチキュラーレンズ法等さまざまな手法があり、立体感をだすための一つの手法としてHALSがあります。
  HALSとは、グラパックジャパン㈱の特許製法により製造されたマイクロアレイレンズシートです。このシートの片面には微細なレンズが碁盤の目状に規則的に配列されており、蒲鉾型のレンチキュラーレンズとは違い一定のピッチ間隔で半球状の微細なレンズが敷き詰められています。したがってこのレンズの片面はマイクロレンズが敷き詰められてザラザラしており、もう片面が平滑性をもつ光沢面となっています。
  現在HALSには400-PP、500-PP、400-PETG、500-PETGの4種類の製品があり、これは製品名の通り材質がPETかPPかということ、材料厚が0.4mmか0.5 mm であることを表しています。

 【製造方法】
  このHALSシートの光沢面に立体視させるためのドットパターンをデザインに合わせた色のUVインキで平版印刷します。このシートはフィルムという特殊原反であるため通常の油性インキの密着性と乾燥性に問題があるためUVインキを使用しています。
  HALSシートの一定のピッチ間隔をもった半球状の微細なレンズと印刷されたドットパターンのピッチがぴったり同じになると立体感は出ません。レンズとドットパターンのピッチを微妙にズラして印刷することにより立体感を出しています。このピッチ幅はIllustratorでデータを作成するときにピッチ幅を少なめにしたり大きめに調整しています。
  またレンズを通して小さい網点を大きく見せているので四角やハート型などドット形状を変えることによりさまざまなデザイン上の効果を出すことができます。そしてドットパターンを印刷した後にその上に白ニスや合紙などを貼って表面を保護します。
 上記の処理後、ザラザラのレンズ面側から見るとドットパターンが実際の印刷面より浮かんだり沈んだり立体的に見えます。
  ザラザラのレンズ側への絵柄の印刷は平版オフセット、スクリーン、グラビア、インクジェットプリンタのいずれかで印刷します。そして絵柄のバックグランドにドットパターンによる遠近感をだすことにより訴求力を高める効果が発揮されます。

 【用途】
  使用目的として注目されているのは、販促ツールやPOPなどのSP関係です。通常のプラスチック素材と同じように曲げ加工もできるのでパッケージの用途にも使えます。 どこに使うかの制限はありません。ただPPやPETですから極端に熱がかかるところには使えませんので材質的な制限はあります。そういう物理的な規制を除けばアイディア次第でどこにでも使用できます。
  また今後考えられる市場が交通広告です。交通広告は印刷の制作費の他に掲載料が必要です。この掲載料はバスや電車の中など人目につきやすいところに設置されるための料金と考えられます。
    確かにHALSという媒体は紙よりは高いかもしれません。しかし、紙よりも訴求力は高いと考えることができるので最終的な投資対効果でみたときにプラスの効果があるのではという期待もあります。通常の紙にするのか前例のないHALSのようなものにするかはそれぞれの企業の考え方です。今後の方向性として交通広告市場にも期待されます。

 取材協力:グラパックジャパン㈱
     TEL 03-5213-5554 FAX 03-5213-5559
 http://www.grapac.co.jp/

 

 (2006年3月20日)
(印刷情報サイトPrint-betterより転載)

3D印刷はどうして立体的に見えるのでしょうか

※本記事の内容は掲載当時のものです。

ナンデモQ&A:特殊印刷

Q:3D印刷はどうして立体的に見えるのでしょうか

A:3Dとは、印刷物を立体的にみせるために、かまぼこ型のレンズを万線状に並べた特殊シート(表面が波形、裏面は平面)に画像を印刷する技術です。 3Dを制作するには、特殊レンズシートを介して見たときに立体的に見えるような印刷版をつくらなければなりません。使用する原稿は複数の写真や3D用のイラストです。この原稿を専用の画像処理ソフトで処理します。
具体的には奥行きがでるように万線模様がつくられており、沈む部分の画像はより細かい万線で浮き出る画像は粗い万線でかつ絵柄をズラしてデータを作成して印刷用版をCTP出力します。
 通常の用紙に印刷して特殊シートを貼り合わせるやり方もありますが、これだと2工程になる為、特殊シートの平面側に直接印刷します。このときシートは非吸収素材であるためUVインキで絵柄を印刷し、かつ素材が透明であるため絵柄を印刷したあとにホワイトインキを2度以上印刷して透けないようにします。
 印刷された画像に特殊レンズシートを通して見ると、かまぼこレンズの作用により左目と右目の画像が分かれ、その画像が人の頭の中で合成され立体画像となって認識されます。特殊レンズシートのかまぼこ状の万線の本数は1インチあたり100本、75本、50本、40本、20本などがある。これは用途により選択されます。
用途としては、名刺・ハガキ・ポスター・清涼又はアルコール飲料缶の宣伝用ポスター・本の表紙・カード類に多く使われています。
3Dは印刷物全体に変化をもたらすため、名刺やハガキなどは初対面の人にインパクトを与え、ポスターやパンフレットは注目度を集めるという宣伝効果が期待できます。
 

取材協力:㈱陽成社
       新宿区赤城下町44 TEL 03-5229-4202
 URL http://www.yosey.co.jp

 

(2007年2月1日)
(印刷情報サイトPrint-betterより転載)

建材印刷とはどういう印刷ですか。

※本記事の内容は掲載当時のものです。

ナンデモQ&A:特殊印刷

Q:建材印刷とはどういう印刷ですか。

A:建材印刷とは居住空間やビルのオフィス、公共スペースなどの床、天井テーブル、キッチン等のアイテムに関する印刷です。 

 消費者はデザインや色について多くの情報や知識をもっているので趣向が多岐多様になっています。そのため1年・半年というかなり短いスパンでお客様の趣向も変わります。
 例えば木目にも流行があります。一般的に木の種類には杉や松、ブナ等がありますが木の種類自体にもトレンドがあります。またそれにかかわる色(明るいもの、暗いもの、中間色等)も消費者の趣向が変わってきますのでそれに先駆けた提案をしていかなければなりません。印刷会社としてはトレンドを追いかけることがかなり重要になります。

 「ツキ板」という1~2㎜の厚さで木を薄く剥いたもの用意して専用のスキャナで撮影してカラー分解します。以前はカメラで撮影していたが、今は多くがスキャナで撮影するようになりました。
建材印刷用のスキャナは専用のものであり、木目でも光のあて方によって凹凸が変わるため一番リアルに見えるように角度を変えてライティングします。
建材の印刷物は化粧紙と呼ばれています。化粧紙を貼って板ができますが、これは化粧板と呼ばれています。
 被印刷体は加工することを前提にしており多くの種類がありますが多く使われているのが金属のチタンを抄造時にいれたチタン紙というものです。この素材は建材印刷以外には使えません。又、薄葉紙もよく使われます。この2つが建材の代表的な原紙です。
チタン紙は80g/㎡で薄葉紙が30~45g/㎡近辺のものが多く使われています。印刷は平均で3000メートルの巻取り紙が使われます。建材のインキもさまざまですがチタン紙、薄葉紙とも専用のインキがあります。

 表面加工についてもいろいろありますがチタン紙ではメラミン加工、ダップ加工、ポリ加工が代表的です。メラミン加工やダップ加工の用途はテーブルや床、壁等です。ポリ加工は耐久性を求めないところに使われます。
薄葉紙はチタン紙よりもベースが薄くなりますから物性は落ちます。チタン紙の用途よりは物性の求めないところに使われています。加工としてはウレタンコートです。用途は棚板やシステムキッチンなどの内側に多く使われます。

 チタン紙にはメラミン、ダップ等の樹脂を浸透させます(含浸)。そして含浸した状態で板の上に載せて乾燥炉を通して乾燥させます。樹脂は熱硬化タイプなので熱圧でプレスすると一度溶けて固まることにより接着します。
ポリエステル化粧板加工では印刷されたチタン紙を板の上にのせ板に接着剤をつけて貼りつけ、ポリエステルを流して固めます。
 薄葉紙の場合、印刷した状態では表面物性がないため印刷機の最終ユニットでコートをします。このときコーティング剤としてウレタンが多く使われます。ある程度物性を保った紙になり板に接着剤で貼ります。建材の印刷物は化粧紙と呼ばれています。化粧紙を貼って板ができますが、これは化粧板と呼ばれています。

 建材印刷では新版の場合の納期は柄が決まってから印刷までが約一ヶ月半から二月です。色校正については、表面加工したものが評価になるので仕上がりと同じ条件でないと今のところ受け入れてもらえません。デジタル出力機による校正は表面加工した仕上がりではなかなか色は合いにくい為、グラビア枚葉機を使って本機と同じ紙とインキで校正刷りを製作します。
 しかし、出版、商印の分野ではデジタル出力機による校正が行われており、建材分野でも近い将来デジタル化していかないとコストの問題や印刷でも環境問題もあるためこれからの検討課題でしょう。

取材協力:㈱千代田グラビヤ
    URL http://www.chiyogra.co.jp/

 

(2007年5月1日)
(印刷情報サイトPrint-betterより転載)

ペットボトルのシュリンクラベルはどうやって作られますか

※本記事の内容は掲載当時のものです。

ナンデモQ&A:特殊印刷

 

Q:ペットボトルのシュリンクラベルはどうやって作られますか

A:ペットボトルのシュリンクラベルをデザインするには最終的にボトル形状による収縮を考えなければなりません。ボトルによっては太い部分や細い部分があり、そうした部分はシュリンクしたときの収縮率が違います。太い部分と細い部分では縮みかたが異なります。どのくらい縮むかは計算値で概算の収縮率をだしています。  基礎となるデザインについてはメーカー側が制作します。印刷会社は受け取った原稿をグラビヤ印刷で再現する為に加工を施し、分版作業をすることになります。商品の訴求性を高めるためにユーザーの欲するデザイン再現を常に考えなければなりません。

版校正はカラープリンタ(フィルムに出力)を使用する事が多く、ある程度の色の方向性を確認します(特色は、分解で表現する為、色を合わせることは難しいのが現状です)。

版校正の校了後は、専用の校正機で本番の収縮のフィルムを使って印刷し、お湯で縮めて実際の形状に仕上げて色校正及び収縮後のデザイン確認をします。

シュリンクラベルは熱収縮するフィルムです。材質はポリスチレンとポリエステルの二種類が多く使用されます。これは巻取りでグラビア印刷をしますが、最低でも2,000m以上は印刷します。飲料水でも売れているものそうでもないものによりさまざまです。印刷会社では印刷、ミシン目入れ、接着加工をして仕上げたロール状の製品、又はカットして枚葉に仕上げた形のいずれかで納品しています。

また、インキはフィルム材質によって種類がありますが、最終的にシュリンクされても大丈夫な専用の伸縮用インキです。

飲料ボトルの場合は、主に飲料充填メーカーでラベルの装着を行います。飲料などの中身が充填されてキャップがついた状態で流れてきたボトルにラベルをカットし落とし込み位置決めをしてから温風トンネルに入れてラベルを収縮させて出来上がりです。

取材協力:㈱千代田グラビヤ  URL http://www.chiyogra.co.jp/ 

 

(2007年5月14日)

(印刷情報サイトPrint-betterより転載)

人工着色におけるポジ修整のポイント

※本記事の内容は掲載当時のものです。

写真5を参照されたい。これは今から30年くらい前に私がレタッチした人着による製品である。この製品は1枚のオードリイ・ヘップバーンのモノクロ写真から、人着でカラー化色再現したものだ。


写真5

手順は下記のごとくである。

《1》湿板製版の工程(図1参照)
《2》湿板ポジ撮影のポイント(図2参照)


図1


図2

イ)M、Y板はポジにかぶりをもたせ(ハイライト寄りを多く)暗部濃度は薄めに(シャドウをねかせて)撮影する(軟調な版に撮影する)。

ロ)C、Bk板は、ポジはコントラストを大きく撮る。ライト寄りは少なく、シャドウ濃度を強く撮影する(硬調な版に撮影する)。

ハ)Bk版はとくに重要である。現在のスキャナ時代のBk版はスケルトン版(骨版)で補色版的役割であるが、湿板の場合、全体のシャドウ部をしめて、画像の仕上りを決定的にする主版<オモハン>であるからである。

Y、M、C、Bk版のポジ修整には大体3日間くらいかかったが、とくにBk版は1日以上の修整時間をかけた。この製版の場合、C、M、Y、Bk版のほかに淡赤版、淡藍版という補色版を使用した、6色製版が多かった。(後述)。各版のポジ修整の手順は図3のとおりである。

スキャナ時代の現在、読者の中には、こうした手順と修整にとまどいと違和感を持たれる方がおられると思うが、「人工着色」の製版は、「色分解」されてないのであるから、「色」はレタッチマンが「創造」すると思っていただきたい。

現在でも現役で活躍されている湿板を経験した年輩のレタッチマンの方は、少々ハイキーなカラー原稿でも、ローキーなカラーでも、自在に色演出する技術をもっている。それは、湿板時代の「人着」という色再現方法が経験的にレタッチマンの体質として血となり肉となり身体で覚えているからである。

技術や工芸などの修得は、年齢の若い時代が大切である。すなわち「基本」が大事である。「人着」で身につけた「色演出技術」は、色を網点に換算するセンスとして生きつづけ、原稿のポイントを協調するという色再現の急所を押さえるセンスとして、今日の製版に生かされていると思う。

湿板時代の気の遠くなるよな修整方法に比べれば、スキャナ時代の現在の色再現には多様なバリエーションがあり、少々の難度の高い原稿も処理しやすいといえるだろう。


図3


図4

『続・レタッチ技術手帖』(社団法人日本印刷技術協会、坂本恵一)より
(2003/03/28)(印刷情報サイトPrint-betterより転載)

レタッチマンはアナログ思考

※本記事の内容は掲載当時のものです。

「センス」という言葉がよく使われる。

「いいセンスのスキャナオペレーターが需要な役割をする。」
「あのレタッチマンはセンスがいい。」

という具合に・・・。この場合の「センス」とは単に「感覚」とか「色彩感覚」というよりも広い意味でいうのであり、「総合技術力」、すなわちトータルなノウハウのようなものをいうのだと思う。

そもそもレタッチマンはアナログ思考人間である。遠く描版、湿板時代から、レタッチマンは、原稿のもつ色彩情報を連続調(アナログ)としてとらえ、印刷再現において、最も効果的な色演出を設計してきた。

人工着色_人着の技術とは、無彩色のモノトーンをカラー化して色再現するという想像的な作業である。そこには色彩設計の段階で、光と影というか、イメージというか、いまだハッキリとデジタル化されていない人間の想像力(イメージ力)のようなものが重要な役割をする。その点は、一般アーチスト、アルチザン(職人)の作品の創造の初期的段階とよく似ている。人着のレタッチマンは、日頃さまざまな色彩として眼に映る自然の色に復元する・・・・というような能力を持っていたと思う。

現在の製版の主流は「カラー原稿通り、画像再現する」ということが大部分である。人着の場合は、若干の色指定のある場合もあるが、主として画像再現と着色効果は「レタッチマンにまかせる」ということである。「犬の眼」は見るものがモノトーンに映ると聞いたことがある。「犬の眼」を「人間の眼」に映るものに色演出するのが、人着レタッチマンの仕事なのである。

レオナルド・ダ・ヴィンチが弟子と散歩をしていた。途中、ダ・ヴィンチは路傍の石を拾って持ち帰った。弟子は「そんな石どうするのですか」と聞くと、ダ・ヴィンチは微笑するだけであった。それからしばらく日を経て弟子の前にダ・ヴィンチは美しいヴィナスの石像を見せたという。人は「路傍の石からヴィナスが誕生した」とダ・ヴィンチを讃えた。

路傍の石からヴィナスを生み出すような技術、そのような創造力、想像力、色彩設計力、美的素養は、人着レタッチマンの「センス」にかかっていた。

2台のインスタマチックカメラを用意して、1台でモノクロ写真を写し、1台でカラー写真を写せば、人着レタッチの色演出がよくわかると思う。

赤いチューリップはモノクロ写真では中間調のグレーに映り、紺系の洋服はシャドウ寄りのグレーに映る。明るいオレンジ、グリーンなどは中間以下のグレーになる。

人着レタッチマンはそれらを読みこんで色設計し、パーミストン(粒子の細かい磨き粉のようなもの。湿板ポジの調子を薄くするとき使用する。今の網ポジの減力液にあたる)、グラファイト(鉛筆の粉のような黒粉、湿板ポジの調子を濃く、強くするときに使用する)、鉛筆、けずり針、消しゴムなどの用具で画像再現を行った(用具については後述する)。

『続・レタッチ技術手帖』(社団法人日本印刷技術協会、坂本恵一)より
(2003/03/28)(印刷情報サイトPrint-betterより転載)

ミフネの人相変わる–レタッチマンの泣き笑い

※本記事の内容は掲載当時のものです。

スキャナ時代の現在は、電子製版による画像再現性が良く、C、M、Y版を刷るとほとんど画像再現は決定的となる。Bk版は補助的役割となり、画像のミドルトーンからシャドウ部をしめるスケルトン版(骨版)となっている。
また、レタッチマンもBk版にあまり神経を使わない。人物、肌物の場合に例をとれば、現在は、C、M、Y版を刷れば、仕上がりの80~90%はきまる。ものによってはBk版なしでもある程度の仕上がりが保証できるからである。

ところが湿板の場合はBk版が印刷されるまでは、C、M、Y版によって色調は出てはいるが、全体像は、しまりのないボヤーッとしたものであった。Bk版が印刷されて、いわゆる人物の目、鼻だちがハッキリとして、完成された画像として定着するのである。「人物肌物」の場合はBk版はC、M、Y版より重要な役割をした。

時間もBk版のレタッチに半日から1日かかった。もっとも、その頃は、湿板ポジレタッチに2~3日、ネガレタッチを含めると1台の製品レタッチに1週間かかったのである。(念のため私の先輩レタッチマンに電話して確かめると、湿板レタッチの手の早い人で1か月7台、遅い人だと20日に1台というレタッチマンもいたという)。
カラー口絵および写真2を参照されたい。これは「日本誕生」とかいう題名の東宝映画のチラシの外国語版だったと思う(今から25年くらい前の校正刷である)。

 司葉子が天照大神(あまてらすおおみかみ)、三船敏郎が日本武尊(やまとたけるのみこと)を演じている。モノトーンの印画紙で合成された写真が原稿である(原稿はここに掲載されたモノクロ写真だと思ってもらえばよい)。

通常HB製版時代の製版の主導権はレタッチマンにあって、カメラマンは、C、M、Y、Bk版のポジネガを撮影し1版ごとにレタッチマンを呼び,確認をとる。湿板レタッチの上手・下手は第1にこのポジの撮り方の指示(設計)で決定的となる。

すなわち上手なレタッチマンは、「できるだけ写真の階調を活かして、ハンドワーク(加筆)をしないような版を撮る」、その場合、今流にいいかえれば、1枚のモノクロ写真を手にして、眼をつぶると、頭の中のイメージコンダクターがスイッチONとなり、写真2に例をとれば「八頭の蛇(八岐大蛇<ヤマタノオロチ>)はダークグリンにする、司葉子の天照大神の衣装はピンク系、三船敏郎の衣装は白と茶系、背景の山肌は草ネズミ系と茶のボカシにする……」とまあ頭の中のブラウン管にカラー画像となって再現するのである。


写真2

今でも「一枚のカラー写真をいかに効果的に印刷再現するか」という画像再現設計は、製版の心臓部の役割であり、プリンティングディレクターの重要な判断業務である。「色再現」に対して、今でもレタッチマンが敏感なのは伝統的に「色演出」について、責任をもってきたからであろう。

一方、人口着色の下手なれタッチマンとは、イメージが貧困で、ポイントがつかめず色演出能力がなく、効果的なC、M、Y、Bk版撮り方がわからないレタッチマンをいう(現在のスキャナ時代でも同じことがいえるのではないか)。

そのためにM、Y版のカブリの多すぎるのを撮ったり、C、Bk版のコントラストの少ない版を撮ったりする。そしてやたらとポジにハンドワークを加え、写真の調子をこわしてしまうのである(現在、ドットエッチングのポイントがわからず、やたらとドットエッチングして、カラーの色バランスをくずしてしまうレタッチマンと似ている)。

写真2の話に戻ろう。この日本武尊のスタイルをした三船敏郎のモノクロ写真は、今までの映画に主演した武士姿や現代劇タイプとは異なり、どうも三船敏郎らしくない風貌なのである。
C、M、Y版のポジ修整を終えてBk版をレタッチしてなんとか形を作ったのだが、三船敏郎に似ていない。ヘアースタイルがいつもの映画と異なるせいなのか?鉛筆で描きすぎたのか?(後述するが湿板のポジのBk版は、製版用鉛筆とグラファイイト粉とグラファイト用ハケで加筆し、写真の階調をこわさずにレタッチしてゆくのである)。やむを得ず、せっかく仕上がった三船の顔をベンゾールでふきとって、もとに戻し、もう一度慎重にC版を並べながら作りなおしたのである。

いま見ると、背景の原始の山の噴水と溶岩の流れは、モノトーンには写っていないものを赤く作り、日本武尊と天照大神の曲玉<マガタマ>のネックレスは黄、紫、草、赤と色演出している。校正刷の見栄えを考えて派手な色にしたのであろう。

写真3、4を参照されたい。モノクロ写真ではわかりにくいが、大映映画「静と義経(新・平家物語)」のスチル写真を人工着色で製版したものである。原稿が印画紙ではなく、乾板からおこしたせいか粒状性や写真的階調がよく出ている。写真3の淡島千景、香川京子、菅原謙二の3人の俳優スチルは私がレタッチしたもので、写真4の中村雁二郎、淡島千景の2人のスチルは私の先輩がレタッチしたものである。


写真3


写真4

いま見ると先輩のレタッチのうまさがよくわかる。写真3の私の方は、男の顔も女の顔もあまり差がないが、写真4の先輩の方は、男の顔と女の顔に差をつけている。女の肌色も時代劇らしく白っぽく仕上がっている。背景の壁の色も左右に変化をつけ、全体に写真の調子をこわさず、ソフトに仕上げている。

写真3の私の方は、全体にやや硬調で、描きすぎがある。この写真は25年も前の製品なのに菅原謙ニ(義経)の持つ刀を消しゴムでボカシながらC、M、Y、Bk版をきりぬいたことや、背景のぼやけた柱のY版をボカシながら残し、壁をアイ系のいろにしたことなどを覚えている。

『続・レタッチ技術手帖』(社団法人日本印刷技術協会、坂本恵一)より
(2003/03/28)(印刷情報サイトPrint-betterより転載)

描版は近代レタッチのルーツ

※本記事の内容は掲載当時のものです。

湿板以前になると戦前の技術で、石版<セキバン>印刷や描版<カキハン>になる。現在これらの技術を体験されておられる方は60歳以上の方と思われる。私は目撃者として描版を知っている。それは文字通り、網点を点描で作成するというものである。原稿、原画から、アタリ版(輪郭の版)を丸針と紅がらで作り、それをたよりに絵柄を作成するという気が遠くなるような原始的方法の技術である。

徳川時代の歌麿や北斎の版画作成の彫師たちまで遠くさかのぼらなければならなくなるが、近代レタッチのルーツとは、この描版の技術者たちをいうのではないか!

「徒手空拳」という言葉があるが、現在のコンピュータ化された製版機器に比べれば、描版とは全く原始的手づくりで画像再現にチャレンジした技術といえよう。

現在の画像再現性に比較して、その頃の製品は、稚拙にも思えるだろうが、画像再現のための有効な製版機器はゼロに近い時代の中で、ハンドワークとわずかな生産手段で製版した描版技術者は尊敬されるべきであろう。
「すべての色を網点に換算する能力」は、レタッチマンにもスキャナオペラーターにも必要であると「レタッチ技術手帖」(日本印刷技術協会刊)に私は書いた。描版技術者はイメージコンダクターも、色分解されたセパネガもなく、自己の色彩感覚のみを頼りに色再現をしたのだ。

私は30cm角の網目スクリーン(孔版で使用するようなもの)にルーラー(ローラーのこと)でインキをつけ、親指や、布を巻いた指で、巧みにジンク版(亜鉛版)に「アミフセ」している描版技術者の姿を目撃している。今から思えば「職人芸」ともいうべき世界ではあるが、あの親指からC、M、Y版のモアレを計算した網点を作成し、色再現する技術は驚異的な技術である。イメコンを内臓した「黄金の指」ともいうべきだろう。こうしたハンドワークの器用さは、後のHB製版の人工着色などに受けつがれるのである。

『続・レタッチ技術手帖』(社団法人日本印刷技術協会、坂本恵一)より
(2003/03/28)(印刷情報サイトPrint-betterより転載)

フィルターを頭脳に内臓していたレタッチマン

※本記事の内容は掲載当時のものです。

現在は、スキャナオペレーターが画像保証の役割をし、色分解されたセパポジ(ネガ)などをいちいちレタッチマンに見てもらって判断することは少ない。スキャナオペレーターの中で優秀なチーフがプリンティングディレクターの役割をし、カラー再現の責任を持っている。

湿板時代は、セパポジあるいは人工着色の4版のポジ撮影の良・否は、レタッチマンの判断にまかされていた。そのために、レタッチマンは、1枚のモノトーンの写真をどのように着色(4色でカラー化した印刷再現をする)するかを、カメラでポジを撮るときから設計していなければならないのである。

プリンティングディレクターの責任は、すべてレタッチマンにあり、人工着色の製版の良否は、そのレタッチマンの色演出設計能力に託されていた。人工着色のレタッチのベテランは、第一にこの色演出設計能力(印刷物再現のイメージ)がすぐれていた。色分解のフィルターの役割を頭脳に内臓し、モノクロの1色写真を、最も効果的なC、M、Y、Bk版に感覚的に頭脳プレーで色分解していたといえよう。

湿板末期には、フィルムマスキングの方法なども応用され、「つめマスク」「あけマスク」など作ってカメラで露光調整されたが(この方法はカメラダイレクト法にひきつがれる)、それまでは、ほとんどトーンリプロダクション(調子再現)は、人工的ハンドワークでレタッチマンが作りあげたのである。

すなわち人工着色においては、1枚のモノクロ写真原稿からカメラで撮り分けるC、M、Y、Bkの4版は、単なる人工着色設計の「アタリ版」程度の役割しかしなかった(もしその4版をNO修製で網撮りし、校正刷を刷れば、やや茶黒い1色写真しか再現されないからである)。

人工着色のレタッチマンは、そのすぐれた色演出設計力によって、第一にできる限り「写真の調子をこわさず,生かして」カラー印刷物を再現する必要があった。そのため、カメラで撮る4版のポジは、できる限り、自己の色再現イメージに都合のよい(レタッチしやすく、写真の調子をこわさず生かしてあまり手を入れなくてすむような)ものにしてもらうことが大切であった。 名人上手といわれた当時のレタッチマンは、このポジの撮り方がうまく、カメラへの指示・設計伝達能力にすぐれていた。

もちろん人工着色の湿板ポジのあげかたにも、ひとつのパターンとか、標準化された方法はあったが、それは、現在のスキャナ時代のカメラワークとはほど遠い原始的なものであった。そのために、カメラワークより、レタッチワークが、調子再現、色演出のイニシアチブを握ることになるのである。このことは、製版において、色演出、調子再現のイメージの決定権がレタッチに集中していることを意味している。

スキャナ時代の現在でも、校正刷に対する関心、色演出や訂正(修整)効果への反応にレタッチマンが敏感なのは、湿板時代から「仕上がりの品質」は、レタッチの責任というウエートが高かったからである(責了で下版の最終責任が絵rタッチにあるということもある)。

さて、私がレタッチ見習いの頃、このような人工着色の技術は驚異的であり、神秘的にさえ見えた。その頃、レタッチ技術の修得は(終戦後も)、先生・弟子という徒弟関係でマスターしてゆくのが通常のシステムであった。

レタッチの先輩(先生)にカメラでポジが撮れるとついてゆくのだが、たとえば人物のモノクロ写真を人工着色でカラー化して仕上げる場合、どのようにY版、M版のポジを撮り、どのようなC版、Bk版を撮ってよいものか、かいもくわからなかった。先輩のうしろについて、先輩がカメラマンに指示したり、撮り直したりしているのを見ながら覚えてゆくしか方法はなかった。

レタッチのテキストなどはもちろんなく、カメラワークも現在のように計数化、コンピュータ化されたものではなかった。多少のデータはあっても、今日のようなものではなかった。レタッチマンとカメラマンの呼吸が合うというか、判断力が良いというか、そうした感覚のすぐれた技術者が、名人上手といわれたスペシャリストであったのである。

『続・レタッチ技術手帖』(社団法人日本印刷技術協会、坂本恵一)より
(2003/03/28)(印刷情報サイトPrint-betterより転載)

40年間咲き続けた湿板法という名の花

※本記事の内容は掲載当時のものです。

1枚のモノクロ写真がある。そのモノクロ写真からC、M、Y、Bkの4色を使用してカラー印刷物に色再現するのが人工着色の技術である。

人工着色の可能性は、日本人の手さきの器用さ、工芸的センスによって拡大され、実用化されたものと思われる。版画や日本画・染色・織物・陶芸などに伝統的に養われてきた、繊細にして華麗な技術は、外国より輸入した写真製版の技術を日本的ユニークさで開花ささせた。その特長的なものがHBプロセス法である。この方法は、アメリカで写真製版法の特許をとったウイリアム・ヒューブナーとブライシュタインの頭文字のHとBを組合わせたものである。通常、湿板レタッチ法は、このHBプロセスをいう。

湿板写真法は日本では「なま撮り写真」とか「ガラス写しの写真」と呼ばれた。湿板写真とは文字通り、感光板が濡れている時に感光する写真で、その主薬は沃度化合物を主体とした、いわゆる沃化銀と称するものである。
プロセス製版変遷史(「印刷情報」1981年4月号)の中で、山下喜代治氏は次のように語っている。

写真撮影用の感光剤沃度コロジオンを塗布する硝子板(今のようなポリエステルフィルムではなく、その時分は種板といって、撮影用の写真版は全部磨き硝子板である)の洗浄と、卵白水溶液の下引き作業が準備作業の一部だが、これがなかなか大変な仕事であった。俗に『硝子板洗い3年』といわれるくらい骨が折れた。」

ガラス板洗いは、当時の見習いカメラマンの修行のひとつとされていたのである。

表1
表1:技術革新の主要な年表(レタッチ関連)

日本にHB法の特許と製版装置が購入されたのは、大正8(1919)年の7月で、最初のHB式の製版装置は大阪市西淀川区海老江の市田オフセット印刷株式会社の工場に設備された。大正9(1920)年の末ごろからHBプロセスの印刷物が現われるようになった。以来、HBプロセス法(湿板レタッチ)はレタッチ技術の主流として40年間も続いたのである。

この湿板レタッチ40年の技術は末期には、フィルムマスキング法と重曹しながら、昭和35(1960)年頃まで現存した。
日本の製版がフィルム化にたちおくれたのは、太平洋戦争による主要都市の戦災、印刷会社の壊滅、技術情報や資材の入手困難等が影響したといわれている。カラーフィルムが日本で原稿として使われ始めたのは昭和25(1950)年頃であるから、人工着色レタッチは、それまでの印刷物に主要な役割を果たしたといえよう。

表1、表2は、製版の技術革新の要約である。(主としてレタッチに関連のものを中心にまとめた)。

表2
表2:プロセス製版技術革新年表

『続・レタッチ技術手帖』(社団法人日本印刷技術協会、坂本恵一)より
(2003/03/28)(印刷情報サイトPrint-betterより転載)