ミフネの人相変わる–レタッチマンの泣き笑い

掲載日:2014年8月12日

※本記事の内容は掲載当時のものです。

スキャナ時代の現在は、電子製版による画像再現性が良く、C、M、Y版を刷るとほとんど画像再現は決定的となる。Bk版は補助的役割となり、画像のミドルトーンからシャドウ部をしめるスケルトン版(骨版)となっている。
また、レタッチマンもBk版にあまり神経を使わない。人物、肌物の場合に例をとれば、現在は、C、M、Y版を刷れば、仕上がりの80~90%はきまる。ものによってはBk版なしでもある程度の仕上がりが保証できるからである。

ところが湿板の場合はBk版が印刷されるまでは、C、M、Y版によって色調は出てはいるが、全体像は、しまりのないボヤーッとしたものであった。Bk版が印刷されて、いわゆる人物の目、鼻だちがハッキリとして、完成された画像として定着するのである。「人物肌物」の場合はBk版はC、M、Y版より重要な役割をした。

時間もBk版のレタッチに半日から1日かかった。もっとも、その頃は、湿板ポジレタッチに2~3日、ネガレタッチを含めると1台の製品レタッチに1週間かかったのである。(念のため私の先輩レタッチマンに電話して確かめると、湿板レタッチの手の早い人で1か月7台、遅い人だと20日に1台というレタッチマンもいたという)。
カラー口絵および写真2を参照されたい。これは「日本誕生」とかいう題名の東宝映画のチラシの外国語版だったと思う(今から25年くらい前の校正刷である)。

 司葉子が天照大神(あまてらすおおみかみ)、三船敏郎が日本武尊(やまとたけるのみこと)を演じている。モノトーンの印画紙で合成された写真が原稿である(原稿はここに掲載されたモノクロ写真だと思ってもらえばよい)。

通常HB製版時代の製版の主導権はレタッチマンにあって、カメラマンは、C、M、Y、Bk版のポジネガを撮影し1版ごとにレタッチマンを呼び,確認をとる。湿板レタッチの上手・下手は第1にこのポジの撮り方の指示(設計)で決定的となる。

すなわち上手なレタッチマンは、「できるだけ写真の階調を活かして、ハンドワーク(加筆)をしないような版を撮る」、その場合、今流にいいかえれば、1枚のモノクロ写真を手にして、眼をつぶると、頭の中のイメージコンダクターがスイッチONとなり、写真2に例をとれば「八頭の蛇(八岐大蛇<ヤマタノオロチ>)はダークグリンにする、司葉子の天照大神の衣装はピンク系、三船敏郎の衣装は白と茶系、背景の山肌は草ネズミ系と茶のボカシにする……」とまあ頭の中のブラウン管にカラー画像となって再現するのである。


写真2

今でも「一枚のカラー写真をいかに効果的に印刷再現するか」という画像再現設計は、製版の心臓部の役割であり、プリンティングディレクターの重要な判断業務である。「色再現」に対して、今でもレタッチマンが敏感なのは伝統的に「色演出」について、責任をもってきたからであろう。

一方、人口着色の下手なれタッチマンとは、イメージが貧困で、ポイントがつかめず色演出能力がなく、効果的なC、M、Y、Bk版撮り方がわからないレタッチマンをいう(現在のスキャナ時代でも同じことがいえるのではないか)。

そのためにM、Y版のカブリの多すぎるのを撮ったり、C、Bk版のコントラストの少ない版を撮ったりする。そしてやたらとポジにハンドワークを加え、写真の調子をこわしてしまうのである(現在、ドットエッチングのポイントがわからず、やたらとドットエッチングして、カラーの色バランスをくずしてしまうレタッチマンと似ている)。

写真2の話に戻ろう。この日本武尊のスタイルをした三船敏郎のモノクロ写真は、今までの映画に主演した武士姿や現代劇タイプとは異なり、どうも三船敏郎らしくない風貌なのである。
C、M、Y版のポジ修整を終えてBk版をレタッチしてなんとか形を作ったのだが、三船敏郎に似ていない。ヘアースタイルがいつもの映画と異なるせいなのか?鉛筆で描きすぎたのか?(後述するが湿板のポジのBk版は、製版用鉛筆とグラファイイト粉とグラファイト用ハケで加筆し、写真の階調をこわさずにレタッチしてゆくのである)。やむを得ず、せっかく仕上がった三船の顔をベンゾールでふきとって、もとに戻し、もう一度慎重にC版を並べながら作りなおしたのである。

いま見ると、背景の原始の山の噴水と溶岩の流れは、モノトーンには写っていないものを赤く作り、日本武尊と天照大神の曲玉<マガタマ>のネックレスは黄、紫、草、赤と色演出している。校正刷の見栄えを考えて派手な色にしたのであろう。

写真3、4を参照されたい。モノクロ写真ではわかりにくいが、大映映画「静と義経(新・平家物語)」のスチル写真を人工着色で製版したものである。原稿が印画紙ではなく、乾板からおこしたせいか粒状性や写真的階調がよく出ている。写真3の淡島千景、香川京子、菅原謙二の3人の俳優スチルは私がレタッチしたもので、写真4の中村雁二郎、淡島千景の2人のスチルは私の先輩がレタッチしたものである。


写真3


写真4

いま見ると先輩のレタッチのうまさがよくわかる。写真3の私の方は、男の顔も女の顔もあまり差がないが、写真4の先輩の方は、男の顔と女の顔に差をつけている。女の肌色も時代劇らしく白っぽく仕上がっている。背景の壁の色も左右に変化をつけ、全体に写真の調子をこわさず、ソフトに仕上げている。

写真3の私の方は、全体にやや硬調で、描きすぎがある。この写真は25年も前の製品なのに菅原謙ニ(義経)の持つ刀を消しゴムでボカシながらC、M、Y、Bk版をきりぬいたことや、背景のぼやけた柱のY版をボカシながら残し、壁をアイ系のいろにしたことなどを覚えている。

『続・レタッチ技術手帖』(社団法人日本印刷技術協会、坂本恵一)より
(2003/03/28)(印刷情報サイトPrint-betterより転載)