日本の便色カラーカードの世界的な広がり

掲載日:2015年10月8日

胆道閉鎖症とは胆管(道)が閉塞して胆汁が腸に届かずに、死にまでも至る病気である。成人の場合は、原因のほとんどが癌などによって胆管が閉塞するが、新生児は妊娠中に何らかの原因で閉塞してしまうために、出生後早期のバイパス手術が必要になる。

従来、判定には血液検査や便色判定などが使用されていたが、その中でも経済性や手軽さから新生児には松井式便色カラーカードが広く使われていた。松井式便色カラーカードが考案されてから現在までの間にデジタル撮影技術やカラーマネジメント技術、モニターシミュレーション技術、カラープリント技術が驚くべき進歩を遂げたので、当時の最新技術を駆使してより完成度の高い新便色カラーカードを作成することになったわけである。

従来の問題点を解決

新カードの作成作業は国立成育医療センター 松井陽 元病院長を中心に作業が進められた(JAGAT もメンバーに加わる)。JAGAT は分光撮影やカラーマネジメント指導、デザインに関してのコンサルを受け持った。その後、胆道閉鎖症をチェックするための便色カードは、母子保健法施行規則の一部を改正する省令(平成23 年12 月28 日厚生労働省令第158 号)により、母子健康手帳に掲載することが義務付けられた。これに合わせてJAGAT はボランティアで印刷の指導をしている(→関連記事:母子健康手帳用便色カード)。

中国をはじめ世界中でも松井式便色カードの有効性が認められ、北京に続いて上海地区でマススクリーニング(試験的に行われるデータ採取実験だが、中国は人口が多いので10 万部近いオーダー)が行われることになった。カードの印刷に関しては中国の印刷会社に任せるのは時期尚早と、日本で印刷して持ち込むことになった。

従来(アナログ時代)の松井式便色カラーカードはいろいろな問題点が挙げられていたため、現在の母子手帳版は最新のカラーマネジメント技術を駆使し、なるべく多くの標本をデジタルデータとして収集、科学的な根拠に従ってカラーカードを作成する方針が掲げられた。便のサンプル撮影に関しても単なるRGB タイプのデジタルカメラではなく6 分光カメラを使用し、スペクトル情報として色データをハンドリングしている。

サンプルを分光情報として解析しているので、将来的にも医療工学的な情報に寄与でき、照明光による影響、メタメリズム(条件等色)などの問題が出づらくなっているという特色が挙げられる。具体的には便のサンプル撮影を通常のRGB データではなく、6 分光データとして撮影している。6 分光撮影ではスペクトルデータとして色情報を扱えるので、メタメリズムなどの問題も解決できる。つまり病院内、家庭の照明光の影響も極小に抑えることができるので色再現精度もアップし、色差で表現すればRGB に対してΔ E2.0 程度良くなっている。

画像処理自体もスペクトル情報自体をレタッチする独自のノウハウを駆使している。RGB データのバランスを整えるのではなく、スペクトル形状自体を近似させてしまう「分光レタッチ」で色を作っていくので、メタメリズムの影響を受けにくいサンプルを作成できた。

目標の色をLab 値で管理

約200 サンプル(胆道閉鎖症の便)の分光データから特性を類推し、分光スペクトル的に線形に配置しているので従来の経験的なものとは一線を画している。

この分光撮影技術は現在も色を正確に記録するという点では一番優れている方法だ。その色をハンドリングしているモニターシミュレーション、インクジェットプリンター出力、ICC プロファイル管理によるカラーマネジメントワークフロー+ CTP 印刷する方法も、母子手帳の印刷を始めた2012 年時点では最新鋭の技術を結集している。

しかし最終的には人間が判別するので臨床医の意見、看護師の意見、お母さん方の意見を取り入れてより判別しやすい方向に調整している。実際には分光スペクトルを掛け合わせているのだが、その平網部分をCIE 値で示すと図1 のようになる。校正刷りに色を合わせるのではなく、目標値の色がLab 値で決められているので、それに合わせるのである。

ji201509_gr_01

プロジェクトチームの実運用はハードキャリブレーションタイプのAdobe RGB 対応カラーマネジメントモニターをプロジェクト関係者に配備し、ICC プロファイル管理による正確なカラーシミュレーションによるサンプル精査を行っている。またICC プロファイルによる最新カラーマネジメント技法を駆使し、インクジェットプリンターによるカラーカードの実践的なシミュレーションにより、コンカレントなワークフローを確立できた。ICC プロファイルやカラーマネジメントシステムに関しては印刷に熟練したスタッフが参画しており、シミュレーションおよび色管理を実現できたといえる。最終的な印刷の色管理もICC プロファイルによるカラーマネジメントシステムワークフロー+ CTP 出力での徹底したデジタル処理に統一し、最終印刷物もLab で色管理を行い、管理および納品にLab測定値を反映している。実際のチャートは従来のカラーカードに従い灰白色便を1 番、正常便に従って数字が上がっていき、要相談の境界を3 と4 番の間に設定した。3 以下が異常で4 番以上が正常となる。(図2 参照)


図2

今回、言いたかったことは印刷業を単なる受注産業として捉えるだけでなく、色をマネジメントするサービスまで総合的に拡大していければ、紙ビジネスを含めてまだ大きな市場があるということだ。もしも私がアメリカの印刷業者だったら「カラマネなどでしつこく絡んでいくがなぁ??」とつくづく考えてしまう次第である。

(JAGAT 専務理事 郡司 秀明 / 全文は『JAGAT info』2015年9月号に掲載)