印刷技術とメディアの変遷(その壱)

掲載日:2017年6月7日

今年2017年度はJAGATの50周年の記念イヤーである。様々なイベントや出版物の発刊を計画しているが、それに合わせて自分の知識を再整理する意味もあり、50年間の要点をまとめてみたい。

50年前JAGATのスタートを考えると「活字の無くなる日」、つまり活版から写植(オフセット印刷の台頭)への変化が挙げられると思うが、活字から写植になったことでフォント(文字)のバリエーションも豊富になって、文字詰めなどの新しい技法も生まれ、日本の文字文化が独特の発展・爛熟を見せることになる。若い人にゴナといっても「?」なんの事やら分からないだろうが、ゴナを多用したファッション誌やビビットな紙面作りを演出していたのだ。

活字に対する思い入れも理解でき、確かに秀英体の本文組版などは落ち着いているが、これはDTPにも言えることで、個人的には、オフセット印刷(+DTP)の秀英体で組まれた書籍は大変読みやすいと思っている。(決して活版特有の味にケチをつけているわけではありません)

文字組版も電算写植(手動写植機に比べたら超高速)によって情報加工スピードは著しくアップした。しかし、カラー写真であふれたオシャレなファッション雑誌の大量発行を可能にしたのは、高速に色分解できるカラースキャナだったことで間違いはないだろう。ドイツのDr.Hell社、イギリスのマグナスキャン(会社名はクロスフィールド)、そして日本の大日本スクリーンのスキャナ達が活躍することになる。

日本で特筆されるのがSG-701というカラースキャナで、四色同時の高速生産性が日本の大量のカラー印刷物をさばいていった。SG-701が発売されたのが1973年だから日本独自のファッション誌として生まれたan・anやnon-noが本格的に市民権を得るときと合致している。

それまでのカラー製版というと人着(人工着色)とまでは言わないまでも工芸的な技術だった。写真的に色分解して、レタッチ職人が一点一点時間をかけて色を整えていくという技法だったので、大量というわけにはいかなかったのだ。それが四色同時に色分解できてしまうのだから驚くべき生産性である。

それまでの海外のカラースキャナは二色同時で、カラー印刷機の二色機のように二回通さないとカラー印刷物は完成しなかったので、ワンパスで四色出来てしまうというのは画期的だったのだ。その後、この四色同時という方式は各社に普及することになる。あまり細かいことは言えないが、当時スキャナの特許は各社が複雑に持ち合っていたので、その辺は話し合いで特許の相互利用が進んでいったということなのだろう?

少なくとも白黒頁にカラー頁が入っているという雑誌から、全ての頁がカラーという誌面作りに急速に移っていくことになる。an・anやnon-noは、この後様々な社会現象を作っていくことになるのだが、女性グループの旅ブームを作り出した「ディスカバーJAPAN」はその中でも特別で、それを強力にバックアップしたのがan・anやnon-no、そして旧国鉄の宣伝メディア(ポスターや中吊り広告等)だったのだ。現在初老に入り始めている女性達の活動癖(欲)も、このブームあってのことである。

このように大量カラー印刷ブームを作ったのがan・anやnon-noで、その後オフ輪の普及と共にカラーチラシ(文化)を生むことになる。折り込みチラシは日本の生活に根付いたもので、日本の生んだ素晴らしいビジネスモデルと言える。一般庶民の新聞購読率の高さと、確実に届く宅配制度に立脚した新聞折り込み広告は、日本独自の広告メディアである。確実に広告効果の上がるメディアとして折り込み広告は普及する。配れば配ったなりの効果は確実に上がっていたのだ。

最初はコストを考えて、表面はフルカラーだが裏面は赤緑の二色とかが多かったが、カラーに慣れてしまい、印刷所も二色などをやるよりはフルカラーオンリーの方が効率的だとしてフルカラーチラシが急速に普及していく。

しかし現在は、その盤石だった折り込みチラシも新聞購読率の著しい低下により、苦境に立たされている。ポスティングという可能性も見いだされたが、新聞折り込みというようなスッキリしたビジネスモデルとは言い難かったのが正直なところで、私の住んでいるマンションなどはガードマンがポスティングを拒んでいる。スーパーでも各チラシを来客向けに店舗に置いておくところが増えてきた。これが存外多くの人が持って行くようであるが、折り込みまでの普及度はない。

このように今まで順風満帆だった日本のB(版)輪転市場も曲がり角に立たされている。今後のチラシメディアの本命は“Shufoo!”や“トクバイ”といったネットチラシなのだろうか?この辺と紙をリンクさせたビジネスモデルを考えたりしていかないといけない。

そして、このベクトルがもっと進み、カラー原稿点数が極端に多いメディアになっていく、雑誌の代表はHanakoで、今までのカラー原稿の集約度とは桁が違う。ICで考えればLSI化していくという感じか?このような集積度の増した集版を手作業でこなすのは無理なのだが、これを集版する装置をレイアウトスキャナ(印刷用語ではCEPS=Color Electric Prepress System)という。イスラエルのサイテックス社のレスポンスシステムと日本のシグマグラフが代表格である。最初はレタッチが自由自在に出来る夢の製版機という売り込みもしていたのだが、儲かるためには原稿を高密度に貼り込むという単一目的で作られたのが集版専門のCEPSである。

サイテックスではアッセンブラーというシリーズ、日本ではシグマグラフ3000がヒット作だった。集版機に限っていえばこれに大日本印刷が開発したMPSという集版専用機も一世を風靡して、日本の印刷システムも世界に冠たるものになっていった時期でもある。ちょうどジャパンアズNo.1直後で、「21世紀は日本の世紀」と誰もが信じて疑わなかった時代である。

集版というと作図機という製版装置が活躍した時代でもある。最初に作図機を開発したのが、ペンタックスで有名な旭光学なのだが、その後各社が工夫を凝らして作図機のノウハウは飛躍的に進歩していった。それまでの印刷技術が「色を良くする」とか、「解像感を増す」とか、単一の品質アップとしか言いようがなかったのだが、チラシとか雑誌を作るとなると、システムとしての完成度が重要になるのである。

例えば印刷の設計図になる版下というものが必要なのだが、その版下に文字が貼り込んであり、画像を集版したフィルムとこの文字原稿を合わせて印刷物にしていくのだが、罫線等はロットリングでケント紙に描画するのだ。それをフィルムに撮影するのになんと密着プリンターで桁違いの光量をかけて露光するとケント紙を光が透けて描画した線がキレイに密着反転できるのである。画像は赤マスクと言われるものを使用してトリミングなどを行うのだが、作図機以前は手作業で切っていたのだ。

しかし作図機を利用するようになると、ロットリングで罫線等の図形を描画する。そして描画したデータで赤マスク(ピールオフフィルム)をカッターでカットしてマスクを完成させるというものである。もちろんピンシステムで位置合わせはバッチリなので、位置合わせして貼り込むことなくピンで見当がバッチリ合う立派なシステムが完成したわけである。しかし…

ということで、今回はお終いにさせていただき、次号に続くとしたい。この先色々な展開があるのだが、第三週の水曜日6月21日のお楽しみにさせていただく。

                    (JAGAT専務理事 郡司秀明)