印刷の魅力と可能性を探るトライアルの軌跡

掲載日:2026年10月19日

グラフィックデザインと印刷技術の関係を追求し、新しい表現を獲得する試み「GRAPHIC TRIAL」の開始から20年。その軌跡を追う「80 GRAPHIC TRIALS ~クリエイター80組とTOPPANによる挑戦の20年~」が6月27日から9月27日まで印刷博物館P&Pギャラリーで開催された。

新しい印刷表現を獲得する試み

「GRAPHIC TRIAL」は2006年から実施されてきた。その内容は、毎回複数のクリエイターが参加し、TOPPANのプリンティングディレクター(以下、PD)とともにトライアルのコンセプトをまず設定したうえで、これにふさわしい印刷手法をさまざまな角度から探りつつ実験を行うというものである。
そして、その成果を参加1組につき5枚のポスター作品の形で発表する展覧会を開催してきた。会場には完成したポスターのほか、実験過程の解説や作成したテスト印刷物なども展示することで、作品の魅力はもちろん、クリエイターの思考や表現手法の試行錯誤の過程までをも伝えるというものである。
2015年には10年間の成果をまとめた書籍『グラフィックトライアル』を刊行した。また、2017年には香港で「Graphic Trial – Hong Kong Edition」が開催されるなど海外からも注目を集めてきた。これらの取り組みを通じて印刷表現の多彩な魅力を発信し、特にデザイナーや印刷関連企業の人々に対して、印刷物の付加価値を高めるためのアイデアを提供する役割を果たしてきたといえよう。

オフセット印刷を軸に多様な手法を探究

2006年の企画開始から2015年までに用いられた印刷手法は、当時の商業・出版印刷の主流であったオフセット印刷に限定されていた。それ以外の手法や加工を使用せずに、用紙・インキ・製版・刷り重ね回数・刷り順などを工夫することによって、どれだけの表現が可能であるかに挑戦してきたのである。その後、開始から10年を過ぎた2016年以降は、さらに表現の可能性を広げるために、シルクスクリーン印刷やインクジェット方式のデジタル印刷、エンボス加工などの各種表面加工も積極的に取り入れられてきた。
また、トライアルのコンセプトについても、当初は各組が自由に構想していたが、2012年からは企画に統一感を持たせるために全体テーマを設け、各組はこれに沿ったコンセプトを立てるというルールになった。

トライアルのさまざまな成果

本展では、これまでに参加した80組のクリエイターによる作品全400点を五十音順に3期に分けて展示した。以下では、第1期の展示の中から印象に残った作品を開催年順に紹介していこう。

第1期の展示風景

柏本 郷司かしもと さとじ「絵画のような上質な青の世界」

(2006年)
担当PD:高浪 雄一

空と海の風景写真をベースに、ターコイズブルー(緑がかった青)の色合いのみで紙面を構成しつつ、階調差と深みも表現することを試みた。元となる写真に別の写真の断片をコラージュしたものを原稿としている。インキは特色ブルー3色に加え、深みを出すために赤紫系の特色を使用し、さらにパールメジウムを混ぜたグロスニスで印刷した。

柏本郷司「絵画のような上質な青の世界」(2006年)のポスターの一部

プロフィール:クリエイティブディレクター、アートディレクター/リクルートを経て2014年ヨロコビtoを設立。ブランドデザインやアーティストの応援事業に携わる。受賞歴はワルシャワ国際ポスタービエンナーレ金賞、ラハティ国際ポスタービエンナーレ2位など(2015年9月25日時点)。

佐藤 可士和かしわ「基準の明確化」

(2011年)
担当PD:仲山 遵

オフセット印刷で罫線はどこまで細く、文字はどこまで小さく表現できるのか、インキを刷り重ねるとどれだけ濃度を高められるのかなどの可能性を追求し、その結果をポスター作品で示した。例えば文字サイズの実験では、0.1ポイントまでのチャートを作成して印刷した結果、0.3ポイントまでほぼ認識できることを示した。また、重ね刷り回数の実験では、同色のインキを1回・10回・50回・100回と回数を変えて刷り、その濃度変化をポスターの形で表現した。

佐藤可士和「基準の明確化」(2011年)より重ね刷りの実験結果のポスター

プロフィール:クリエイティブディレクター、京都大学経営管理大学院特命教授、Cambridge Judge Business School Honorary Fellow/博報堂を経て2000年にSAMURAIを設立。ユニクロ、楽天などグローバルブランドのアイデンティティを再定義。またGLP ALFALONKやふじようちえんのプロジェクトは世界的にも評価が高い。

佐藤 晃一「蛍光インキによるパステル表現の可能性」

(2013年/全体テーマ:燦さん)
担当PD:金子 雅一

佐藤氏がコレクションしてきた塗り絵シリーズ「きいちのぬりえ」1をモチーフとして、淡く光っているようなイメージを表現することに挑戦した。印刷用のデータを作成する際、絵柄の輪郭を背景になじませるために、絵柄をぼかした画像とシャープな画像を重ね合わせる加工を行った。また、印刷では、鮮やかさと明るさを表現するためにオペークホワイトで薄めた蛍光インキを使用した。そして黒い部分は深みを出すために、特色スミとマットスミを刷り重ねた。

佐藤晃一「蛍光インキによるパステル表現の可能性」(2013年)のポスターの一部

プロフィール:グラフィックデザイナー、多摩美術大学名誉教授/資生堂宣伝部を経て1971年よりフリーランス。東京ADC最高賞、毎日デザイン賞、芸術選奨文部大臣新人賞、ニューヨーク近代美術館ポスターコンペ第1席のほか、ブルノ、ヘルシンキ、ドイツ、ソフィア、ワルシャワなどの国際ポスターコンクールで受賞。2016年逝去。

アラン・チャン「五行説 Five Elements」

(2016年/全体テーマ:CROSSING)
担当PD:山口 理一

五行思想で世界の元素とされている木・火・土・金・水を、1から5までの数字の形で象徴的に表現したポスターを制作した。例えば金をモチーフにした作品「Metal」では、数字の「1」の形で金塊を表現。明暗のコントラストを強めにするとともに、特色イエローを加えて鮮やかさを演出した。その他の作品でも、シルクスクリーン印刷によるUV厚盛りや透明フィルムへの印刷などさまざまな手法を駆使し、質感を表現した。

アラン・チャン「五行説 Five Elements」(2016年)より「Metal」

プロフィール:デザイナー、ブランドコンサルタント、アーティスト/アラン・チャンデザインカンパニー。香港を拠点にデザインをはじめ幅広い領域で活動。アーティストとしては、iPhoneで撮影したシリーズ「iEye-ai」を香港・上海・ミラノ・北京・大阪・シンガポールで発表。国内外で700以上の賞を受賞(2016年6月10日時点)。

GOO CHOKI PAR「MASQUERADER」

(2022/全体テーマ:CHANGE)
担当PD:岩山 中

2次元のポスターに奥行きを感じさせ、3次元に拡張することに挑戦した。用紙の表裏に印刷し、ワックスプラス2 という技術で用紙の一部を半透明に加工。さらにエンボス加工を施した。用紙は透け感などの効果に優れたOKブリザードを採用。表裏の絵柄の重なり、用紙の表面に浮かぶテカリ、エンボス加工による文字の浮き上がりなど多彩な表情を見せるポスターを完成させた。

GOO CHOKI PAR「MASQUERADER」(2022年)のポスターの一部

プロフィール:デザインユニット/浅葉球・飯高健人・石井伶の3人のグラフィックデザイナーによるユニット。さまざまな領域で創作活動を行っており、主な仕事にISSEY MIYAKE、NIKE、Red Bullなどのグラフィック、東京2020パラリンピック アイコニックポスターなどがある(2022年4月23日時点)。

大貫 卓也「parallax」

(2025年/全体テーマ:FIND)
担当PD:仲山 遵

レンチキュラー印刷3 の仕組みを用いて、静止画と動画の中間のような、動きのあるポスターを制作することに挑戦した。鑑賞者が作品の前をゆっくり歩くと、それに合わせて絵柄もゆっくりと変化するという仕掛けを構想し、例えば「Imagine School Bus」と題したポスターでは、絵柄の中心部が黒ベタで固定され、見る角度によって輪郭の形だけ変化するのが特徴である。

大貫卓也「parallax」(2025年)より「Imagine School Bus」

プロフィール:アートディレクター/博報堂にて、としまえんの広告で東京ADC賞を受賞。1993年に大貫デザインを設立し、ペプシコーラ、新潮社、資生堂などの広告制作に携わる。「HIROSHIMA APPEALS 2021」で東京ADC賞2022グランプリ。著書に作品集『Advertising is』ほか(2025年4月11日時点)。


TOPPANでは20年を一区切りとして、来年以降はさらにジャンルを拡張した企画を検討していくとしている。今後の展開に注目したい。

(JAGAT 石島 暁子)

80 GRAPHIC TRIALS
クリエイター80組とTOPPANによる挑戦の20年

(会期終了)
会場:印刷博物館 P&Pギャラリー
会期:2026年6月27日(土)~9月27日(日)
主催:TOPPANホールディングス株式会社 印刷博物館
企画:TOPPAN株式会社 情報ソリューションBU
後援:公益社団法人日本グラフィックデザイン協会(JAGDA)

展示作品(クリエイター名50音順):
第1期
 6月27日(土)~7月28日(火)
アーロン・ニエ/青柳雅博/秋田寛/浅葉克己/阿部拓也/アラン・チャン/生島大輔/市川知宏/伊藤桂司/居山浩二/上西祐理/植原亮輔/宇野亞喜良/えぐちりか/大貫卓也/岡崎智弘/葛西薫/柏本郷司/勝井三雄とAR三兄弟/菊地敦己/木住野彰悟/GOO CHOKI PAR/小玉文/佐藤可士和/佐藤晃一/佐藤卓
第2期 8月1日(土)~8月28日(金)
佐野研二郎/澤田翔平/澤田泰廣/サンティ・ロウラチャウィ/澁谷克彦/島田真帆/ジャンピン・ヘ/新村則人/鈴木晴之/鈴木守/関本明子/妹尾琢史/祖父江慎/高井薫/髙田唯/髙橋正実/髙谷廉/竹内清高/田中竜介/田中良治/谷口広樹/津田淳子+大島依提亜/テセウス・チャン/TELYUKA/野老朝雄/永井一正/永井裕明
第3期 9月1日(火)~9月27日(日)
長嶋りかこ/仲條正義/中野豪雄/仲野昌晴/名久井直子/南雲暁彦/成田久/新島実/服部一成/日比野克彦/平林奈緒美/廣村正彰/福岡南央子/保田卓也/増永裕子/水野学/三星安澄/村上雅士/森本千絵/八木克人/八木義博/栁澤和/山本暁/山本剛久/吉田ユニ/吉本英樹/米津真理

展覧会特設サイト →

※会員誌『JAGAT info』 2026年9月号より一部改稿

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  1. 日本画家の蔦谷喜一<ツタヤキイチ>(1914〜2005年)作の塗り絵シリーズ。1947(昭和22)年ごろから流行したが、1960年代前半にテレビの普及の影響で衰退したとされている。しかし、その後も展覧会が開催されているほか、企業のキャンペーンにも起用されている。 ↩︎
  2. 紙の繊維にワックスプラス液を含浸させて透け感を出す手法であり、部分的な透かし加工が可能。フィルムレスの窓封筒の開発から生まれた。 ↩︎
  3. 印刷面の上にレンチキュラーレンズと呼ばれる小さくて細長い半円筒形状の樹脂を並べた透明シートを貼ることで、視線の角度に応じた絵柄の変化や立体感を生じさせる手法、またはその手法を用いた印刷物を指す。 ↩︎