「毎月勤労統計」の不正調査が教えてくれること

掲載日:2019年2月1日

不正調査問題は鎮火するどころか新たな火種が吹き出している。問題の本質を考える中で、統計データを扱う際に最も重要なことは何かを考えてみた。(数字で読み解く印刷産業2019その1)

何が起こっていたのか

「毎月勤労統計」の不正調査が明らかになった。
2018年6月に前年比3.3%増を記録した現金給与総額の数字がおかしいのではという疑義に対して、厚生労働省は調査の精度向上などを目的に実施した作成手法の見直しによるものと説明していた。しかし、今年に入って、根本匠厚生労働相が問題を認め、雇用保険などの過少給付によって、延べ1973万人・30万事業所で総額567億5000万円に及ぶ大問題へと発展していった。

不正の内容をざっくり説明すると以下のようになる。
・全数調査すべき500人以上の事業所について、2004年から東京都については約3分の1の抽出調査としていた。
・抽出した数値を全数に近づける復元処理を行わなかったため、2004年から2017年までの平均賃金などが低くなっていた。
・勤労統計の賃金額が給付水準に連動する雇用保険や労災保険などの給付額も少なくなっていた。

忖度はあったのか

西日本新聞が「統計所得、過大に上昇 政府の手法変更が影響 専門家からは批判も」と報じたのは2018年9月12日のことで、この時点では、実勢よりも高い賃金上昇率について「安倍政権の狙い通りに賃金上昇率が高まった形だ」という問題提起だった。
厚生労働省は作成手法の変更が要因と説明し、「手法変更は適正な手続きを踏んでおり、再推計はしない」としていた。

しかし、総務省統計委員会がデータの不自然さを指摘したのが12月10日、厚生労働省が抽出調査を認めたのが13日で、20日に根本大臣に報告されていたが、翌21日の10月分確報は不正調査を伏せたまま発表され、2019年度当初予算案が閣議決定された。

12月28日に朝日新聞が「勤労統計、全数調査怠る 都内実施は約3分の1 厚労省」と調査不正を報道し、2019年1月8日の記者会見で根本大臣が不正を認め、11日には厚生労働省が「毎月勤労統計調査において全数調査するとしていたところを一部抽出調査で行っていたことについて」を公表した。

その後の怒涛の展開はニュースやワイドショーでも詳しく取り上げられている。厚生労働省の特別監察委員会が1月22日に調査結果を公表し、幹部職員の処分も明らかにしたが、組織的な関与も隠蔽も否定された。
しかし、「外部有識者による第三者の立場から集中的に検証」を行ったとする特別監察委員会のヒアリングに厚生労働審議官や大臣官房長が同席し質問していたことが明らかになり、再調査が現在行われている。

統計の連続性と公正さが何よりも重要

JAGAT『印刷白書』では「毎月勤労統計」の年度分結果を利用して、印刷産業の労働実態を見てきた。掲載データは2017年度までなので、今回の2018年1月以降の作成手法の見直しの影響は受けていないが、東京都の500人以上の印刷・同関連業のデータは抽出調査となっていた。

印刷白書では多くの統計データを利用していて、印刷メディア産業に関連するデータを網羅し、わかりやすい図表にして提供してきた。
Evidence basedで話をすることの重要性は、どの業界でも高まっている。都合の良いようにデータを曲げて利用するのではなく、自分の仮説に都合の悪いデータに注目することが、科学的な態度であり、イノベーションの原動力ともなる。
印刷白書ではそのために、極力バイアスのかからない形でデータを提供してきた。その元となる統計がそもそも間違っていたということで愕然としている。

56の基幹統計が適正に調査されているか点検した結果、22統計に計31件の問題があると総務省が24日に報告している。その点検項目は「総務大臣が承認した調査計画や対外的な説明のとおり行われているか。抽出調査においては、必要な復元推計が行われているか」という、本当に初歩的なものだ。

基幹統計は統計法で指定された、公的統計の根幹をなす重要性の高い統計である。その基幹統計が適正に調査されていないということは、忖度があったかどうかよりも、もっと大きな根深い問題である。公正な統計データを作成できることが、先進国の証明でもある。

証拠に基づく政策立案(EBPM)の構築と、GDP統計を軸とした経済統計の改善が現在進められている。毎月勤労統計はGDP統計の推計にも使われている基幹統計なのである。
統計の連続性と公正さがいかに重要であるか、あらためて考えさせられた。統計データを扱う上で異常値が現れた場合はきちんと精査すること、疑問点をないがしろにしない西日本新聞の姿勢を見習っていきたいと思う。

(JAGAT CS部 吉村マチ子)