グッドデザイン賞と印刷2018

掲載日:2019年11月20日

2018年10月31日に公益財団法人日本デザイン振興会が主催する2018年度グッドデザイン賞の大賞および特別賞が発表され、同日から11月4日まで、受賞対象全1353件を紹介する「2018年度グッドデザイン賞受賞展」が開催された。

2018年度グッドデザイン賞受賞展

この賞は、対象分野が幅広く、プロダクトや建築のような有形のものだけでなく、公共の取り組みやシステム、サービスのような無形のデザインまでを対象にしている。

印刷業界にとっては、ちょっと遠いようにも思うが、意外に関わり深いデザインを見つけることもできる。

本稿では、2018年の受賞対象の中から、印刷技術が活用された事例や、印刷会社の事業と関わりのある事例の一部を紹介する。

地図集制作活動 [福島アトラス-原発事故避難12市町村の復興を考えるための地図集制作活動-]

特定非営利活動法人 福島住まい・まちづくりネットワーク

―グッドデザイン・ベスト100/グッドフォーカス賞[復興デザイン]

福島アトラス

▲2018年度グッドデザイン賞受賞展より

東日本大震災後7年が経過し避難指示解除が進む福島県。
避難者・帰還者がこれからの生活再建を考えるための客観的な資料として、被災12市町村の復興状況の全体像を示す地図集を作成した。
NPOと複数の大学、建築家、グラフィックデザイナーら多数が関わったプロジェクトである。綿密な調査、分析を行い、インフォグラフィックスによって見やすい媒体に仕上げている。
2017年にアトラス01を被災12市町村全戸に4万部を配布、2018年はアトラス02と03を作成し、02は自治体・住民リーダー向けに1万部、03は対象住民に1.5万部を配布予定だという。

活動自体の意義はもちろん、媒体のデザインが美しい。

日本タイポグラフィ協会による日本タイポグラフィ年鑑2018のインフォグラフィックス部門において「福島アトラス01」がベストワークを受賞し、最新の年鑑2019年度でも「02・03」がベストワークを受賞している。

本提案は、「地域・コミュニティづくり」の分類で応募された、いわば無形のデザインである。しかし、表現する媒体のデザインが優れているからこそ、プロジェクトを目的に沿って進めることができ、受賞にもつながったのである。無形のデザインと有形のデザインは相互に影響しあうもので、両者がかみ合ってこそ、本当に美しいデザインとなるのではないだろうか。

絵本 [1人称童話シリーズ]

株式会社高陵社書店

―グッドデザイン・ベスト100/グッドデザイン金賞

1人称童話シリーズ

▲2018年度グッドデザイン賞受賞展より

「桃太郎」「シンデレラ」「浦島太郎」という誰もが知っている童話を、主人公の1人称視点で描いた絵本。

主人公の本音が例えば「桃太郎」であれば「ぼくは鬼がこわいと思いました。」といった風に書かれ、遠いところにいる英雄ではなく、自分と同じように不安になったり困ったりする、身近な存在として読者の心に入ってくる。
レイアウトも、読み手が主人公の目線になれるよう、両ページのセンターに絵を配置した。
描かれているのは主人公本人の顔ではなく、彼らが見ている自分の手だったり、鏡に映った姿だったり、出会った相手や風景だったりする。
巻末には「もしきみが主人公なら?」という問いかけがあり、子供が他者の身に起こったことを自分ごととして考えられるように導いている。

審査委員の評価に「読書を通した新しい体験が未だ残されていたとは大きな発見だろう。」とある。2017年度に金賞を受賞した『うんこ漢字ドリル』に続き、出版分野の新たな可能性を感じさせる事例である。

1人称童話シリーズが企画された背景には、昨今SNS上にも蔓延する、顔の見えない相手へのいじめに対する問題意識があったという。他者への共感力を育むという課題、従来常識だった3人称語りへの疑問、これらが繋がって新しい絵本が生まれた。
アイデアは、何もないところから生まれるものではない。既にあるものを、違った視点から再構成してみる、複数の課題を結びつけてみる。そんなところから可能性が生まれるのだということを、教えてくれる事例である。

キャンペーン [はじめてばこキャンペーン]

株式会社電通

―グッドデザイン・ベスト100

はじめてばこキャンペーン

▲2018年度グッドデザイン賞受賞展より

「はじめてばこ」とは、地域テレビ局が出産・子育てを応援するために、対象の県内で生まれた赤ちゃんに贈るお祝いの箱だ。テレビ新広島、テレビ愛媛、テレビ長崎、青森放送、石川テレビ、テレビ西日本、鹿児島テレビで実施されている。
番組やイベントで告知し、応募を募る。

箱の中には、赤ちゃんの「はじめて」を1冊の写真集にする「はじめてアルバム」のほか、協賛社からのプレゼントが詰め込まれている。
それらのプレゼントを取り出した後の空箱には、はじめての肌着やはじめてのおもちゃなど、赤ちゃんのはじめてグッズを入れ、タイムカプセルにすることもできる趣向だ。
「はじめてばこ」の表面には、動植物やご当地ならではのモチーフを描いた優しいタッチのイラストを、CMYK+特色2色で鮮やかに印刷している。

インスタグラムでは、#はじめてばこ のハッシュタグがついた画像が多数アップされている。

箱を開ける時に感じるワクワク感。箱にしまう時に感じる、物への愛着。
いつの時代にも、箱は人々にとって大切な存在だ。
玉手箱、びっくり箱など、昔話でもしばしば箱が重要な役目を果たしている。
人生の中で最もドラマティックな出来事の一つと言える出産・育児を、「はじめてばこ」はリアルに記録する。新しい形の宝箱として、これからも家族のドラマを作っていってほしい。

清酒ボトル及び化粧箱 [久保田 雪峰]

朝日酒造株式会社

―グッドデザイン・ベスト100

久保田 雪峰

▲広報画像より

総合アウトドアメーカーのスノーピークと酒造メーカーの朝日酒造が共同開発した「アウトドアで日本酒を楽しむ」をコンセプトににしたパッケージ。
瓶・化粧箱ともに黒地に黒でロゴをあしらい、高級感を演出し、テクスチャの差異によってロゴの視認性を保っている。既存の久保田は主に和紙ラベルを使用しているが、新しい久保田を強調するために、瓶に直接プリントを施している。
アウトドアメーカーと老舗酒造という一見関わりの薄い企業同士が協業して、新しい価値を生んだところが面白い。

ごみゼロラベル(剥離紙不要) [ごみゼロラベル]

株式会社ウイル・コーポレーション

―グッドデザイン賞

ごみゼロラベル

▲2018年度グッドデザイン賞受賞展より

ラベルから剥離紙をなくすことで、環境への配慮と事業ごみの処理コストの削減を実現した。
1枚の剥離紙にラベルをずらして重ねる「ずらし積層タイプ」、メモ帳状に積み上げる「ブロック積層タイプ」、2枚を貼り合わせる「セパレートタイプ」、二つ折りの「パノラマタイプ」がある。

自治体がゴミ収集時に使う警告ラベルや駐輪禁止警告ラベル、運送会社向けの取り扱い注意ラベルなど、様々な用途で採用されている。

印刷技術による社会貢献とビジネス展開を両立させた事例だ。

ウイル・コーポレーションは、インライン・フィニッシング・システムなどの生産体制とクリエイティブ体制を強みに、ユニークな商品・サービスを開発し続けている。

商品パッケージ [蓮田市商工会 推奨特産品 蓮田の梨の特選品]

蓮田市商工会

―グッドデザイン賞

蓮田市商工会 推奨特産品 蓮田の梨の特選品

▲2018年度グッドデザイン賞受賞展より

埼玉県蓮田市の特産品の一つである梨を使った「梨のコンポート」のパッケージ。
サービスエリアなどの土産物売り場で、来店客の目を引くようにと、中身の解る透明でスリムなガラス容器を採用し、その容器を梨のイラストをモチーフにした手ぬぐいでを包んだ。
手土産として持ち帰る楽しみを演出している。
手ぬぐいは、蓮田市の有限会社ゆう彩苑やまきに依頼して伝統的な注染で作られた本格的なもので、包装を解いた後は日常使いに再利用できる。

生産者の優しさと温もりが伝わる、華美ではないが印象に残るデザインである。
デザイナーとクライアントが商品の魅力を共有することから生まれた逸品だ。

気泡緩衝材 [浮世絵ぷちぷち]

(川上産業株式会社)

―グッドデザイン賞

浮世絵ぷちぷち

▲2018年度グッドデザイン賞受賞展より

江戸時代におくりものの緩衝材としても使われた浮世絵は、輸出品とともに海を渡り、西洋の人々を魅了したという。
包装資材の製造販売を手掛ける川上産業は定番商品である気泡緩衝材のプチプチ®に、浮世絵を直接印刷。「Tokyo Midtown Award 2015」デザインコンペで準優勝したのをきっかけに商品化した(参考)。現在日本酒の一升瓶用と四合瓶用の2サイズがある。
2018日本パッケージングコンテストでも「包装アイデア賞」を受賞している。
グッドデザイン賞の審査では、アイデア、コスト、販路拡大の可能性などが評価された。

以上、紹介できたのはごく一部だ。
このほかにも、新聞、フォント、プリンターなど、印刷に関わる多彩なデザインが受賞している。
また、公共の取り組みの多くは、情報の共有やアピールのためにWebサイトやSNSと同時に印刷物を活用しており、グッドデザイン賞展では、パンフレットやフリーペーパーなどが数多く展示されていた。
有形、無形問わず、印刷物は、社会を豊かにする取り組みに役立っていることを実感した。

グッドデザイン賞のWebサイトでは、これまでの受賞対象一覧を検索することができる。

*初出:「紙とデジタルと私たち」2018年11月14日

(JAGAT 研究調査部 石島 暁子)