観光活性策の複合展開で新しい観光客を獲得する

掲載日:2016年4月7日

 ~ご当地グルメ、位置情報ゲーム「ingress」、アニメ聖地巡礼~ 神奈川県横須賀市の取り組み

今回は、精力的な観光資源開発を続け、さまざまな層の新しい観光客獲得に取り組む神奈川県・横須賀市の商業観光課の試みを紹介する。従来の地域資源に新たなコンテンツを加え、まちに新たな魅力・価値を創造、観光客集客に力を入れる、横須賀市役所経済部観光企画課で集客プロモーションを担当する矢部賢一主査、古崎絵里子氏にお話を伺った。

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「軍港都市」から「国際湾口都市」に

東京湾の入口、神奈川県三浦半島に位置する横須賀市は、市域の東に東京湾、西に相模湾を臨み、東京湾唯一の自然島「猿島」を有する自然豊かな都市である。江戸時代は江戸への海上玄関口として、幕末の黒船来襲以降は国防の拠点として栄えてきた。
明治時代に入ると、横須賀市の近代施設を多く手掛けたフランス人技師・ヴェルニーによって「横須賀製鉄所」(後の横須賀造船所)や日本最初の洋式灯台「観音埼灯台」ができ、その後は大日本帝国海軍の横須賀鎮守府が設置され、国内屈指の軍港都市として発展してきた。
第二次世界大戦以降は、アメリカ海軍施設や日本の陸海自衛隊の駐屯地となる一方、横浜・東京など都心部から 1 時間以内という好条件からベッドタウンとしても発展、そのほか、アメリカやフランスなど海外の湾口都市と姉妹都市提携を結ぶなど、近年では「国際湾口都市」としてのイメージが定着しつつある。
順調な発展を続けてきた横須賀市だが、1990 年代に入ると人口流出が始まり、この問題は現在に至るまで市制の大きな課題になっているという。「ただ、ありがたいことに横須賀市を訪れる観光客は年々増え続けています。一度だけでなく何度も訪れたくなるような魅力あるまちにしたいと、市では様々な取り組みを行ってきました」と話すのは、横須賀市経済部商業観光課集客プロモーション担当(以下、集客プロモーション担当)の矢部賢一主査だ。
しかし、「最も力を入れている取り組み体制」は、「自社のみ」(31.9%)が最多回答、次いで「別団体」「異業種連携」はともに20.3%だった。地域の活性化、課題解決に、他団体と連携してややボランティア的に取り組むも、最終的には自社へのコンテンツ・ノウハウ蓄積に重点を置く企業、自社のみの方が機動的で小回りが利くと考える企業が多い。

まちのイメージを生かした観光資源、グルメグランドを開発

現「横須賀」には、「軍港のまち」「基地のまち」というイメージを持つ人が多い。そこで横須賀市はそのイメージ「軍港」「基地」と「食」をコラボレートさせ、新しい地域資源、グルメブランドを創出した。代表例の 1つに「よこすか海軍カレー」がある。先述のように旧海軍・海自との縁が深いため、軍・隊で食べられていた「カレー」を活用した地域活性を試みることとなり、1999年に「カレーの街よこすか推進委員会」を発足、その後 2001年に「海軍割烹術参考書」(明治41年)にあるカレ―ライスのレシピを再現した「よこすか海軍カレー」が誕生した。現在市内には約30店舗の認定店があり、月に1度の「商品審査会」で品質を確認、クオリティ維持に力を入れている。
海軍カレーに続き、市が注目したのは、「ハンバーガー」だった。「戦後、横須賀市には米海軍から様々な文化が広がりましたが、その1つがハンバーガーです。実は横須賀はハンバーガー発祥の地ではないか、とも言われているのです」。市内に点在する多くのハンバーガーショップをまとめあげ、横須賀ハンバーガーのブランド化に注力した。2008年11月には横須賀市に米海軍横須賀基地から海軍の伝統的なハンバーガーレシピが提供され、「YOKOSUKA NAVY BURGER」が誕生、現在は市内約15カ所で提供されている。続く 2009年には米軍横須賀基地プロデュースのニューヨークスタイルチーズケーキ「チェリーチーズケーキ」のレシピ提供を受け、新たなグルメブランドが加わることとなった。
さらに、軍の要塞として使用され、現在も貴重な歴史資産を残す「猿島」、米国海軍や海上自衛隊の艦船、旧海軍によって掘られた水路を通りながら、知見の広いガイドの生解説を聞くことのできる「軍港クルーズ」など、地域資源を生かした新しい観光開発にも力を入れている。

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オンラインゲーム「Ingress」にいち早く着目 」にいち早く着目

常に新しいモノ・コトに取り組み、「観光都市」としてのブランド力を高め続ける横須賀市だが、2014 年冬に新しい観光客の層を取り込むべく始めたのが、スマートフォン用アプリゲーム「Ingress(イングレス)」を活用した観光活性策である。
「Ingress」とは、Google の社内スタートアップ「Niantic Labs(ナイアンティックラボ)」(現・Niantic,Inc)が開発・運営、スマートフォン向けの拡張現実技術を活用し、位置情報に基づいた多人数参加型のオンラインゲームである。2013年冬の正式運用時にはAndroid専用だったが、2014年夏にはiOSにも対応、現在は全世界で1000万ダウンロードを突破するなど、世界中で楽しまれている。
Ingressは、SF的で魅力的なゲームの世界観(人間の心と身体の覚醒を促す謎の物質を積極的に活用すべきか自然に任せるのか、世界は「Enlightened(覚醒派)」と「Resistance(解放軍)」という陣営に分割され、それぞれの目的を達成するために陣地を拡大していく)が多くのプレイヤーを引きつけている。そしてそのルールは、現実の Google Map をゲームフィールドに全世界を舞台にプレイするというもので、陣営の拠点(ポータル)を確保するにはにリアルでその場所を訪れなければならないという現実と仮想の交錯におもしろさがある。
「自分がプレイヤー(エージェント)の1人として Ingressを楽しむ中、地域内のポータルを訪れるため、これまで行かなかった場所にも足を運ぶようになりました。課内に同じように Ingressを楽しむ職員が増えるに従い、観光誘致や集客に役立てられないか、という話をするようになりました」、と、同市集客プロモーション担当の古崎絵里子氏は言う。

Ingressで新しい観光客を取り込む

夏以降は実際に事業化を目指した取り組みが本格化、新しい取り組みを歓迎する市長からの快諾、市役所内にGoogle社員と関係の深い職員がいたこと、古崎氏の縁を通じて素晴らしい社外協力者を得られたことなどをきっかけに、一気に事業は具体化した。
2014年12月18日、市長記者会見でIngressを活用した集客促進事業開始を発表、同日に自治体として初となるIngress特設ページを市の観光情報サイト内に開設、市内で Ingressをプレイしながら観光も楽しめるモデルルートなどの情報提供を開始した。その後も地元業者の協力を得て、冬期観光客の減少という課題を持つ「猿島航路」について、Ingressエージェントを対象にした期間限定の「Ingress割」や、ブロガー向けに横須賀市のIngressの取り組みや観光スポット、グルメを体験できる「Ingress in 横須賀」体験ツアーを実施、市内に約70店舗の協力店舗も生まれ、情報を拡散させる仕組みが出来上がっていった。
矢部氏、古崎氏をはじめとした職員や社外協力者の熱心な活動、魅力的な体験プログラムの設置により、横須賀市の取り組みは様々なメディアに取り上げられ、Ingressエージェント以外の多くの人の目に触れるようになった。
2015年2月1日から28日までは「MISSON OF YOKOSUKA」を、3月14日から4月15日までは「SAKURA OF YOKOSUKA」を開催、期間内に横須賀市が作成・指定したミッションをクリアして応募すると、「YKSK メダルステッカー」や「イングレススカジャン」、「イングレス飴」など、Ingress×横須賀のコラボ商品がもらえるプレゼント企画も行った。
以上のような一連のイベントを企画・実施することにより、従来獲得できなかった新しい層の誘客に成功、自らの体験を通して新鮮な目線で横須賀の魅力を再発見し、印象に残る観光を経験できる機会を創出した。

新しい試みを実行する際必要な3つのこと

歴史や文化を大切にしつつ、一方でまちの姿をしなやかに変化させながら発展した横須賀市には、古いモノと新しいモノをミックスさせることで、今までにない目新しく魅力的な地域資源を生み出せる資質を備えるに至った。
これまでに述べてきた取り組みはもちろんのこと、3月22日には、Facebookグループ「横須賀倶楽部」のオフ会を開催、横須賀に縁のある個性豊かな人と人が繋がることのできる「場」を提供し、横須賀に新たな活力・魅力を生み出す手助けも始まった。また、2015年には横須賀市を舞台にした2つのアニメとタイアップしたアニメツーリズム企画も始動するなど、横須賀市の地域資源拡充の精力的な活動が続いている。
真新しい試みを模索、実行して成果を得るコツを聞くと、「まずは自分で試して面白いと感じること」「体験者によって様々な楽しみ方があるため、いくつもの楽しみ方を用意してあげること」だという。
地域活性や地域創生が叫ばれる昨今、様々な地域活性、観光活性策が生まれ、試されているが、横須賀市の事例を見てもわかるように、地域活性の成功には「熱意あるスタッフ」「活性化プロジェクトへの深い理解」「楽しみながら企画する」という 3 つの共通点があるように思う。従来の地域資源に新たなコンテンツを加えて精力的な地域活性に取り組む横須賀市の姿勢は、印刷会社にとっても参考になるだろう。

JAGAT研究調査部 小林織恵(『JAGATinfo 2015』より)

 ―取材協力―
横須賀市役所