ゼロから始める”見える化”

掲載日:2017年6月5日

「見える化」という言葉は印刷業界ではかなり浸透している。しかし、実践できている会社はまだまだ少ない。ゼロから始める”見える化”をレポートした。

「見える化」という言葉は印刷業界にかなり浸透しているが、実践できている会社はまだ少ないようだ。
障害となっていることを聞いてみると、
・どこから手をつけていいのか分からない
・どんな社内体制で進めればいいのか分からない
・社内原価の調べ方が分からない
という答えが多い。

見える化に取り組み、着実に一歩を踏み出し始めた(株)近藤印刷の事例を報告する。

近藤印刷は、1954年創業、社員数25名、名古屋市に本社を置く総合印刷会社だ。クリアファイルなどUVオフセットをベースにしたSPツール、オリジナルグッズの企画制作、業界に特化したグッズ製作、商業印刷、特殊印刷などを得意としている。

企画提案からデザイン、画像修正、印刷物の加工や発送業務までワンストップサービスで行い、お客様のニーズには必ずこたえている。

「例えば、クリアファイルの納品に行ったとします。お客様からネックストラップはできない?と聞かれたら、必ず請け負います」と近藤社長。

徹底したマーケット志向を持つ結果、社内生産と外注依頼のバランスが崩れ、仕事量に対しての利益がついてこなくなった。

利益を1点1点管理し、確保する必要があると感じ、「見える化」に取り組み始めた。
見える化に期待したことは、
・売り上げだけを重視するのではなく、原価管理による付加価値率をアップすること
・付加価値額の管理と確保
・数字をオープンにし、会社に対する不安の払しょく
・効率的な働き方の評価、フェアな人事評価と賃金体系作り
・どの仕事の付加価値額が高いのか、きちんと見える化して会社の方向性を決定したい
などである。

2013年11月から社長、副社長、社内SEの方の3人で「見える化」の取り組みが始まった。まずは仕事1点ずつの利益を手計算でチェックした。
それとともに、以前から見積もりや指示書作成などで使っていたFileMakerを、社内SEが現状に合わせ修正を開始した。

2015年7月、利益達成報奨金制度を作った。
2016年3月、新ソフト並行運用、5月から新ソフトへ完全移行し、見える化の運用から約1年がたったところだ。

見える化は豊かな人生を送る道具

同社の「見える化」システムは誰でも見ることができ、トップページには、月の目標達成率(売り上げ、付加価値、年達成率)が表示されている。
システムの本格運用から約1年が経過し、さまざまな気づきを得たという。

「無駄の見える化」における3カ月間の改善例を挙げる。金額一つひとつの数字は小さくても、原因を追っていくと見落としていたものが見えてきた。
例えば、
・バラと包みの紙代の価格差
→見積もりでは包みで計算していたが、実際にはバラで注文をしていた
・社内加工費の見落とし
→紙帯、スクラッチ検品など社内で行う作業が発生したが、見積もりに入っていなかった
・社外加工費が発生した
→断裁しにくい特殊紙を使用したら、通常よりも高い請求があった
・特殊加工、送料などの見積もり忘れ
→一回一回の金額は少ないけれど、3カ月、1年単位で試算すると大きな金額になる。
「見える化」システムを運用してから、社員の意識にも大きな変化があった。以下に挙げたい。
・ただの数字ではなく、数字が自分ごととなった。自分が入力した数字で毎日の結果が出るため、納得し理解ができる数字になった
・セクションリーダー間での交渉が始まった
・利益から逆算して年間の目標を決めるようになった
→予算枠ができた
→社内稟議書ができた
→個人のやる気が経営に反映されるようになった
・利益達成報奨金を支給
→目標利益+24万円の利益が出た月は1万円の報奨金を全員に支給
→その結果、トップページの数字に全員が関心を持つようになった
社員の意識と行動が変わった結果、
・原価管理による利益率アップ
・付加価値額の管理と確保
→JOB一点ずつを把握し、付加価値があまりに低いと、見積もりの時点でストップする
・短時間で生産性を上げる働き方が進み、ワークライフバランスに貢献
・数字を分析し、経営戦略に活かす
ことができた。

近藤社長は「TIME IS MONEY ではなく、TIME IS LIFE」だという。時間をお金で買うことはできない。時間は命そのものなのだから、社員には効率的に働き、生産性を高め、早く家に帰って豊かな人生を送ってほしい。見える化システムはそのための道具なのである。

ゼロから始める”見える化”

「見える化」とは、コストを細かく見えるようにし、受注1点あたり、かつ工程単位で「勝ち負け(損得)が分かかるようにするものである。

リアルタイムで見えることが大事で、数字が分かるのが目的ではなく、結果と原因の分析が目的だ。
売り上げだけを追いかけるのではなく、会社にどれだけお金が残るのか、全社員が考えることこそ重要だ。

ゴールは「自分が経営者だったならという個人事業主感覚」だ。「売り上げや利益といった数字は、他人ごととして捉えていたことが自分ごと」になり、行動に変わっていく。

「見える化」という言葉は印刷業界ではかなり浸透している。しかし、実践できている会社はまだまだ少ない状況だ。

そこでJAGATでは、2017年の夏に「見える化実践研究会」を立ち上げる。
見える化先進企業の大東印刷工業の佐竹一郎社長、アサプリホールディングスの松岡祐司社長を講師に迎え、「見える化」に取り組んでいるけれども、なかなか継続できない会社の課題解決を後押しする。

具体的には
(悩)みんな忙しくてスタッフが足りない
→プロジェクトのスムーズな進行を後押し
(悩)社内の意識がなかなか変わらない。意図が浸透しない
→全社員対象のセミナーを実施し意識改革を後押し
→他社の成功例を経営者だけでなく社員が肌で感じる機会をつくり積極的な交流を後押し
(悩)システム(MIS)の導入の仕方がわからない
→豊富な先行事例からアドバイス
(悩)自社の原価(アワーコスト)が計算できない
→算出ツールを提供
(悩)先送り先送りでずるずると時間がかかってしまう
→事前に成果発表の時期を設定。締め切り厳守

他社の良いところを見習い、自社に吸収することはとても大事なことである。社員の方が、自らの目で他社を見て、話を聞くなど「体感し気づきを得る」ことこそ、自社の改善の原動力となる。

「見える化」の正解は一つではないし、やり方も一つではないと考えている。
JAGATの「見える化実践研究会」では、こういった場や機会を提供し、それぞれの会社に合った見える化を後押ししていきたい。

(JAGATinfo 2017年4月号より 研究調査部 小須田紀子)