【マスター郡司のキーワード解説】シンギュラリティ(その壱)

掲載日:2023年11月28日

シンギュラリティはいつ来るか

印刷学会のセミナーのテーマにも登場するくらいなので、今回はシンギュラリティ(技術的特異点)について述べてみたい。シンギュラリティを「技術的特異点」と日本語で言うと、堅苦しくなってしまう。今や英語が世界共通言語になっているので、「日本語化してしまった外国語(英語)は、積極的に使っていった方がよいだろう」と最近は特に感じている。

公共交通機関の各種表示も(ハングルだと駅名がピンとこないが、もともと日本人向けではないのだから当たり前)、外国語の表記は英語を中心にして、意味が想像可能な簡体字(現代版中国漢字)は日本人でも理解できるので、上手に組み合わせて運用していけばよいと思う。私は欧米や台湾でレンタカーを借りることもあるが(右側通行はそれほど苦ではない。特にイギリスやオセアニアは全く問題なし)、やはり韓国だけはタクシーを選択してしまう。突き詰めれば視認性(デザインに関係したことなので、印刷業界には重要なテーマだ)の問題に行き着くわけだが、同じ表音文字でも付き合っている期間なのか?感じ方は大きく異なるのだと思う。私だったらハングルを練習して少々理解できるくらいでは、高速道路で事故を起こしてしまうだろう。

さて、シンギュラリティは日本語でも英語でも難しいイメージだが、1980年代初期からAI専門家の間で使用されるようになった言葉で、人間とAIの臨界点を指す。つまり、「人間の脳と同レベルのAIが誕生するのはいつか?」という意味合いで使うのだ。「AIが人間を抜くのはいつか?」と解釈してもよい。

そして、シンギュラリティ以降のAIは加速度的に進化して、SF映画(「ターミネーター」みたいな)のように人類を滅亡させてしまうと短絡する考えも生まれてくる。だが、シンギュラリティの提唱者であるアメリカの発明家レイ・カーツワイル氏は、もう少し理性的に、シンギュラリティを「人工知能が人間の知能と融合する時点」と定義しており、AIが人間と融和する形で進化していくとしている。また、シンギュラリティは学者の間でも否定派と肯定派に分かれており、「シンギュラリティは絶対来ない」と言い張る人もいるが、「将来的には抜かされるのだろう?」に私は一票を投じたい。

そのレイ・カーツワイル博士は、著書“The Singularity Is Near”(シンギュラリティは近い)の中でシンギュラリティを2045年と予想している。ソフトバンクの孫正義氏も、シンギュラリティは人類史上最大の革命で、全ての産業が再定義されると述べている。YouTubeなどでは2020年代だと主張する人も数多く目に付くが、2020年代中には無理だろうというのが理性的な見解である。

マーケティングに応じたデザイン力

JAGATでは、以前からAIをテーマとして取り上げていたのだが、それは昨今話題の生成AIとは少々異なり、お助けマン的なコンピューター機能という意味合いでのAIだった。例えばマーケティングの手助けをするようなAIや、MA(マーケティングオートメーション)とのペアで使用されるAIなどを何度かセミナーなどの題材にしてきた。しかし、ChatGPTが登場して環境・風景がガラッと変わってしまったのだ。

ChatGPTは文章を自動生成したり、絵を描いたり、写真を描いたり(表現がおかしい?かもしれないが、コンピューターが描くのだから絵も写真品質が可能)、デザインしたりすることができる。私もメーカーに在籍していた時代に、印刷会社からのオファーでチラシデザインシステムの開発にチームでトライした経験がある。そのときに感じたことは、「コンピューターにデザインをやらせることは不可能ではない」ということであった。しかし、コスト面で採算に合わなかったため、開発は断念せざるを得なかった。

今なら驚くほど安いコストでできるだろうし、さまざまなベンチャーで挑戦が始まっている。もちろん大手のアドビなども黙っているわけはないので、数年もすれば状況は大きく変わってしまうだろう。マーケティングがマスを対象とするものからOne to Oneに変わりつつある今、大事なのはマーケティングに応じたデザイン力というか、デザインキャパシティーである。人海戦術や物量作戦では、コストの壁に絶対ぶち当たってしまう。とにかく大量のデザインが必要になるわけである。

印刷業界はこの辺を真剣に考えていかねばならないが、トライし始めている若手経営者も見受けられる。デザインの結果に関してはまだまだだが、この先、飛躍的に良くなっていくのは自明であるので、大いに期待したい。

(専務理事 郡司 秀明)