展覧会」タグアーカイブ

最先端の科学技術を身近に感じる展覧会

デザイン専門の展示施設 21_21 DESIGN SIGHTで9月8日まで開催中の企画展「未来のかけら: 科学とデザインの実験室」は、最先端の科学技術とデザインの融合によって生み出されたプロトタイプを通して、未来の社会や暮らしの姿を想像するきっかけを提供している。

「未来のかけら: 科学とデザインの実験室」展示風景(ギャラリー2)

展示風景(ギャラリー2)

未来のかけらとは、今すぐ実用化には至らないもの、未来の社会や暮らしの姿を予感させるものといった意味合いである。

その名のとおり、本展は最先端の科学技術の成果と、これを具現化したデザイン実験を通じて、来場者が未来の姿を想像するきっかけとなることを目指したものである。

本展の展覧会ディレクターを務めるデザインエンジニアの山中俊治氏は、工業製品のデザインを手掛けながら、各分野の専門家との協働で科学技術とデザインを融合させながら、数多くのプロトタイプ(試作品)を発表してきた。

会場では山中氏らの研究成果をアイデアスケッチを交えて紹介するほか、デザイナー・クリエイター・科学者・技術者の参加を得て、多彩なコラボレーション作品を展示している。触って楽しむことのできる展示もあり、科学技術の世界を身近に感じられるような工夫がなされていた。

山中氏によるアイデアスケッチ

山中氏によるアイデアスケッチ

「触れるプロトタイプ」(山中研究室+新野俊樹)

「触れるプロトタイプ」(山中研究室+新野俊樹)

以下、展示の一部を紹介する。

nomena+郡司 芽久 「関節する」

nomena+郡司芽久「関節する」よりフタユビナマケモノの前肢骨の模型

nomena+郡司芽久「関節する」よりフタユビナマケモノの前肢骨の模型

動物の関節の仕組みを再現した骨格模型を展示している。模型のモデルはアビシニアコロブスの頭蓋骨、フタユビナマケモノの前肢骨、キリンの後肢骨の3種類で、いずれも立体パズルのように、骨の部位をバラしたり組み立てたりすることができる。個々の部位の接続位置には目安となるマークが付けられ、内部にはしっかり接続させるためのマグネットが仕込まれている。

とはいえ骨の構造は複雑であるため、一度バラすと元に戻すのが思いのほか難しく、それだけにピッタリと合わせたときは達成感を味わえる。

このように遊びながら学べるところがユニークで、動物の骨格構造を体感的に理解するのに資するのではないか。

千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター(fuRo)+山中 俊治 「Robotic World」

 

千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター(fuRo)+山中俊治「Robotic World」よりHalluc IIχ

千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター(fuRo)+山中俊治「Robotic World」よりHalluc IIχ

開発中の移動ロボットなどのプロトタイプを、アイデアスケッチや設計図と合わせて紹介している。それらに共通するのは、モーターやケーブルなどの構造を美しくデザインしていることと、生き物の姿を思わせる柔軟な形と動きである。

例えば移動ロボットのHalluc IIχは、多関節ホイール・車輪モジュール8脚とモーター56個を装備しており、車両モード・昆虫モード・動物モードに形態を変化させることで、車輪による走行のほか、歩行のように一歩ずつ脚を上げ下げして進んだり、進行方向を自由に変えたり、段差を乗り越えたりすることができる。

人が容易に入り込めない場所での作業などに活用できるのではないか。

東京大学 DLX Design Lab+東京大学 池内与志穂研究室 「Talking with Neurons」

東京大学 DLX Design Lab+東京大学 池内与志穂研究室「Talking with Neurons」

東京大学 DLX Design Lab+東京大学 池内与志穂研究室「Talking with Neurons」

iPS細胞からできた脳の神経細胞(ニューロン)と遠隔で「会話」をする作品である。会場では過去のインスタレーションの映像を展示している。

その仕組みは、まず神経細胞が集まってできた神経組織(神経オルガノイド)に電極を付け、参加者がマイクを通して入力した音声を電気信号に変換し、電極を通して神経細胞を刺激する。そこで神経細胞から発せられた信号をリアルタイムで音や映像データに変換し、スクリーンに映し出している。

神経細胞を既存の技術に組み込むことでどのような未来が待ち受けるのか、考えさせられる研究である。

A-POC ABLE ISSEY MIYAKE+Nature Architects  「TYPE-V Nature Architects project」

A-POC ABLE ISSEY MIYAKE +Nature Architects 「TYPE-V Nature Architects project」より一枚の布から縫製せずに立体化して作られたブルゾン

A-POC ABLE ISSEY MIYAKE +Nature Architects 「TYPE-V Nature Architects project」より一枚の布から縫製せずに立体化して作られたブルゾン

衣服を作る際、通常は多数の布のパーツを縫製して身体のラインに沿った形に仕上げる。しかし本プロジェクトでは、熱を加えて布を収縮させるスチームストレッチ技術と、布の収縮パターンを計算して自動で服の折り目を設計する技術を組み合わせることにより、一枚の布を縫製せずに立体化させている。

会場では、この手法で作られたブルゾンのほか、半円形のランプシェードや折り鶴など、布で作ることが難しい形状のプロトタイプを展示している。

衣服の自由な形とともに、布を利用した新しいプロダクトの可能性も示している。

山中研究室+新野 俊樹 「Ready to Crawl」

山中研究室+新野俊樹「Ready to Crawl」

山中研究室+新野俊樹「Ready to Crawl」

3Dプリント技術で作られた生物型機械のシリーズを展示している。これらは、パーツの全てが連結した状態で設計・出力するため、組み立てる作業がほとんど不要であり、内部にモーターを挿入して電源を入れると動き始める。

複雑曲面や柔軟構造を生かした機構によって、本物の生き物そっくりの有機的な動きを実現している。このような研究が進めば、複雑な機構を持つ装置を低コストかつ短期間で開発できるようになるかもしれない。

山中研究室+稲見自在化身体プロジェクト 「自在肢」

山中研究室+稲見自在化身体プロジェクト「自在肢」よりロボットアームを装着したイメージの展示

山中研究室+稲見自在化身体プロジェクト「自在肢」よりロボットアームを装着したイメージの展示

「自動化」が人間の作業を機械に置き換えるのに対し、「自在化」は主体的な行動を支援する技術であると定義し、その研究の一環として「自在肢」を開発した。ロボットアームを装着したベースユニットを背負って使用する仕組みである。

また、装置の開発と同時に、使用することで脳の働きにどのような変化が起きるのかについても研究している。

身体に装着する装置といえば眼鏡や義手など機能の不足を補うものが思い浮かぶが、「自在肢」は機能拡張という視点が斬新であり、これが普及した場合、人間の暮らしや思考にどのような変化が起きるのか、興味深い。

山中研究室・村松 充+宇宙航空研究開発機構(JAXA)・ミズノ 「emblem」

山中研究室・村松充+宇宙航空研究開発機構(JAXA)・ミズノ「emblem」のコンセプトデザイン

山中研究室・村松充+宇宙航空研究開発機構(JAXA)・ミズノ「emblem」のコンセプトデザイン

ウエアラブルな個人用飛行装置のコンセプトデザインを展示した。

この装置は身体に装着して飛行でき、また装置単体でも無人航空機として機能する。そのため、例えば災害時に救助者をいち早く被災地へ派遣した後、装置のみを先行して返却させるといった運用も可能である。

現在、実現に向けて開発が進められている。


本展の展示内容はいずれも、高度な科学技術の世界をデザインの力で美しく、あるいはユーモラスに視覚化しており、またSFの世界が現実になったかのような、心躍る要素もある。ぜひ会場に足を運び、自分にとってあるべき未来像を描いていただきたい。

企画展「未来のかけら: 科学とデザインの実験室」

会期:2024年3月29日(金)〜9月8日(日)
会場:21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1&2

展覧会ウェブサイト  

 

(JAGAT 石島 暁子)

会員誌『JAGAT info』 2024年7月号より一部改稿

関連ページ

印刷・メディアとデザイン

日本の近現代史をたどる写真展「後世に遺したい写真」

東京・品川区の光村印刷株式会社が運営する光村グラフィック・ギャラリー(以下MGG)で2018年10月25日から11月24日まで、公益社団法人日本写真家協会(JPS)・日本写真保存センター主催の写真展「『後世に遺したい写真』―写真が物語る日本の原風景―」が開催された。

「後世に遺したい写真」展示風景
1910年代から2000年にかけて写真家が捉えた日本の記録約100点を、写真原板からバライタ紙にプリントして展示した。

リーフレットに掲載された作品

▲リーフレットに掲載された作品
上段左:「原節子 芝浦製作所の扇風機」1936(昭和11)年 名取洋之助
上段右:「銀座4丁目 服部時計店前」1945(昭和20)年 菊池俊吉
下段左:「学童疎開 入浴を喜ぶ児童たち」1944(昭和19)年 中村立行(品川区立品川歴史館所蔵)
下段中:「白さぎ」1960(昭和35)年 田中徳太郎
下段右:「おにぎりを持つ親子 長崎」1945(昭和20)年8月10日 山端庸介

このほか、
江見写真館によるガラス乾板作品「津山高女全校生徒800人の記念写真」1930(昭和5)年
外国向けグラフ雑誌『NIPPON』14号に掲載された土門拳による「極東の共栄のために」1937(昭和12)年
戦後グラフジャーナリズムで活躍した吉岡専造による「鳩山一郎首相の退陣 日比谷公会堂」1957(昭和32)年
興福寺、法隆寺、唐招提寺などの国宝・重要文化財を記録した写真
品川区ゆかりの写真家 笹本恒子、若目田幸平、諸河久の作品
などが展示され、激動する歴史と人々の営みが、写真家の視点を通じて語られている。

写真原板を後世に遺す

写真原板とは、デジタルカメラ登場以前のカメラで記録されたフィルム、あるいはガラス乾板などを指す。
日本写真保存センターは、文化庁の委嘱を受けて2007年から「我が国の写真フィルムの保存・活用に関する調査研究」を始め、さらに2011年から「文化関係資料のアーカイブの構築に関する調査研究」を行っている。

この事業は、JPSが文化庁に働きかけて実現したものである。

日本には東京都写真美術館、横浜美術館など、写真のコレクションを持つ美術館がいくつかある。ただし、これらの施設が収集しているのは、原則として現像された写真である。
写真は、撮影するだけで完成するわけではなく、作家の、あるいは専門技術者の手で現像されて初めて作品となる。

だから写真原板そのものは作品とは呼べない。

一方、写真原板には、現像された作品にはない価値がある。
写真原板は新たなプリントを生み出す元となる。
作品を破損・紛失してしまっても、写真原板があれば再現が可能である。
また写真家は1点の作品を生み出すために、膨大な点数を撮影している。
写真原板を時系列で追うことで、作家の観察、思考過程をたどることができる。
だから作家研究のためにも、写真原板の保存は不可欠である。

しかし適切に保存されない写真原板は、経年変化や化学変化で劣化し、その価値を失ってしまう。

そこでJPSは写真原板を収集・保存する組織とその運営を企画し、2006年に「日本写真保存センター設立推進連盟」を設立、文化庁に「日本写真保存センター」設立要望書を提出し、その年の暮れに予算化、2007年から活動を本格的に開始した。
その後、東京国立近代美術館フィルムセンター相模原分館(現:国立映画アーカイブ)にある収蔵棟の一部を借り受けた。

収集・調査・保存の過程

日本写真保存センターのスタッフは、写真家が存命であれば本人、故人であれば著作権を継承した遺族を訪ねて写真原板の寄贈を依頼し、収集を行ってきた。
これまでに、1910年代以降に撮影された写真原板約30万点を収集している。

入手した写真原板は状態を確認し、長期保存可能な中性紙製の包材に入れ替える。

その後スキャンしデジタル化する。
撮影日時、場所、写真集に使用された画像などを記録し、画像とともにデータベースに登録する。

調査が終わった写真原板は相模原のフィルム収蔵庫に送り、温度10度、湿度40%の状態を保って保存される。

併せて、画像データを写真保存センターのWebサイトにある写真原板データベースで一般公開しており、現在約5000点を検索・閲覧することができる。

日本写真保存センターの活動

▲日本写真保存センターの活動(「後世に遺したい写真」展 パネル展示より)

写真原板の価値を多くの人に広める

日本写真保存センターは収集した写真原板を新たに現像し、写真展を開催することを通じて、センターの活動をアピールしてきた。
2018年3月には、カメラ・写真映像ショー CP+2018の一環として特別展示「『後世に遺したい写真』日本写真保存センター写真展」をみなとみらいギャラリーで開催し、約8000人の来場を得ている。

光村印刷は美術印刷で定評があり、JPSとは作品集などの制作を通じてつながりがあった。光村印刷がアート発信の場と位置付けるMGGを会場に、写真原板の価値をさらに多くの人に知らせたいという意図から、今回の写真展が企画された。
なお、光村印刷は同展の図録の制作・印刷も手がけている。

写真は歴史の語り部

歴史を変えた瞬間、今はなくなった建物や町並み、その時代特有の風俗など
写真は歴史の語り部として貴重な存在である。
日本写真保存センターの努力で、日本のどこかに眠っている写真が今後も蘇っていくだろう。

現在はデジタルカメラが主流となってはいるが、撮影されたオリジナルデータを保存することの大切さに変わりはない。
誰もが気軽に撮影し巷に溢れている写真は、今後どのように保存・継承されていくのだろうか。
そんなことも考えさせる展覧会である。

「後世に遺したい写真」―写真が物語る日本の原風景―

・会  期 :2018年10月25日(木)〜11月24日(土)
・会  場:光村グラフィック・ギャラリー(MGG)
・休 館 日 :日曜日
・開館時間 :11:00〜19:00(土曜・祝日 〜17:00)
・入 場 料 :無料
・主  催 :公益社団法人日本写真家協会・日本写真保存センター
・共  催 :光村印刷株式会社
・後  援 :品川区、公益財団法人品川文化振興事業団
・協  力 :一般社団法人日本写真著作権協会

日本写真保存センター Webサイト

*初出:「紙とデジタルと私たち」2018年11月7日

(JAGAT 研究調査部 石島 暁子)