東京都庭園美術館で開催された「戦後西ドイツのグラフィックデザイン モダニズム再発見」から、同国の経済復興に寄与したグラフィックデザインの歩みをたどる。
本展は3月8日〜5月18日まで開催され、西ドイツのグラフィックデザイン資料を収集している「A5コレクション デュッセルドルフ」から厳選した約130点のポスターをはじめ、冊子・リーフレットなど多数のグラフィックデザインの作品を展示した。
以下ではそれらの概要を紹介していくが、その前提として時代背景を踏まえながら西ドイツのグラフィックデザインの歴史を概観してみたい。
ワイマール共和政期
第1次世界大戦の敗北を経て、いわゆるワイマール共和政期に入ったドイツでは、創造的な学びが重視される気運を背景に美術学校のバウハウスが1919年に創設され、シンプルで合理的なデザインや、工業・デザイン・美術の融合などを目指した実践的な教育が行われた。
ナチ党の台頭から第2次世界大戦終了まで
しかし1933年に国民社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)が政権を掌握するとバウハウスは弾圧を受け、閉鎖に追い込まれた。そしてドイツのさまざまなデザインには、ナチ党のプロパガンダ色の強いものが目立つようになった。特に1936年に開催されたベルリンオリンピックは、巨大なスポーツ複合施設の建設、聖火リレーの採用、オリンピックの旗とかぎ十字の掲揚などにより国威発揚の機会として利用された。1939年、ドイツ軍がポーランドに侵攻したことで第2次世界大戦が始まったが、1945年には連合国に降伏。占領期を経て1949年に東西に分断、西ドイツが誕生した。
戦後の復興
戦後は経済復興とともに、商業と密接な関係にあるグラフィックデザインも発展した。例えば1953年に開校されたウルム造形大学(1968年に閉校)では、ナチ党政権下のデザインと決別し、バウハウスの理念の継承を目指す教育が行われた。色彩論や形態論などの理論の講義と工房での課題制作といった基礎教育を実施するとともに、ブラウン社やルフトハンザなど国内企業との産学協同も行われた。
1972年に開催されたミュンヘンオリンピックでは、ウルム造形大学の創立者の一人であるオトル・アイヒャー氏が公式デザイン代表を務め、政治色を排して明るく楽しいオリンピックのイメージを表現した。その他、国際的なイベントの宣伝や映画ポスター、雑誌などの分野で、バウハウスの理念を土台としながらも新しい表現を取り入れたデザインが生まれていった。
そして1990年には東ドイツが西ドイツに編入される形でドイツは再び統一された。
本展ではこうした歴史を踏まえ、主に1950年代から1980年代にかけて制作された企業広告・イベント告知・出版物など多彩な分野の作品を展示した。
会場構成は、同国のデザインを象徴する作品を紹介するコーナー「序章 西ドイツのデザインへようこそ」に始まり、その後はデザインの要素である「幾何学的抽象」「イラストレーション」「写真」「タイポグラフィ」の4コーナーが設けられた。順番に各コーナーの概要を紹介したい。
序章 西ドイツのデザインへようこそ
ここでは、西ドイツの代表的な企業の広告や大規模なイベントの宣伝媒体などが展示されている。
なかでも目を引いたのは、前述のミュンヘンオリンピックに関する宣伝媒体であった。地域の自然や街並みを想起させるパステルカラーを基調色とし、シンプルで軽快な紙面構成によって制作されたポスターをはじめ、言語の異なる国・地域の人々に情報を伝えるために構築された、ピクトグラム(絵文字)による競技種目や施設などのサインシステムなどが展示されていた。
また、「キール ウィーク」の宣伝物も印象に残った。キールウィークとは同国北部の都市キールで毎年開催される国際的セーリング・フェスティバルのことで、ヨットレースを主体に屋台・野外ステージなどの街を挙げての祭典である。1950年から告知ポスターの公募が行われるようになり、現在はヨーロッパの権威あるデザインコンペティションの一つとされている。会場では波・ヨットの帆などをモチーフにした告知ポスターや冊子などが展示された。
その他、中央部の都市カッセルで4年または5年ごとに開催されている国際芸術展「ドクメンタ」の告知ポスター、ルフトハンザ航空のイメージポスターなどが紹介された。
幾何学的抽象
本章では円・矩形・線などの幾何学図形を用いて紙面を構成したデザインを紹介した。
平面図形のみのシンプルな構成でありながらもリズムを感じさせる作品や、平面図形とグラデーション表現を組み合わせて、立体感・奥行きを感じさせる作品などが展示されていた。
タイポグラフィ
本章では、バウハウスの伝統を受け継いだ視認性の高い文字表現のほか、伝統を継承しながらも、媒体の内容にふさわしく文字を大胆にアレンジしたデザインが紹介された。
イラストレーション
本章では、イラストレーションを主なデザイン要素として効果的に使った個性的な作品が紹介された。企業・商品の広告や、映画の告知ポスターなどが展示されていた。
写真
▲「写真」(東京都庭園美術館「戦後西ドイツのグラフィックデザイン モダニズム再発見」展 展示風景)
本章では広告やフォトジャーナリズムとともに発展した写真表現が紹介された。映画ポスター、雑誌、レコードジャケットなどが展示されていた。
展示作品を通じて、デザインが企業の成長や文化・芸術の発展に寄与すると同時に、伝統的な手法を継承しながらも時代ごとに消費者のニーズを取り入れた新たな表現が模索されてきたことが見て取れた。日本ではあまり見られない発想の作品もあり、来場者は刺激を受けたことと思う。
展覧会情報
戦後西ドイツのグラフィックデザイン モダニズム再発見
会期:2025年3月8日(土)〜 5月18日(日)
開館時間:10:00〜18:00(入館は閉館の30分前まで)
会場: 東京都庭園美術館(本館+新館)