読めて役立つ白書であり続けたい

掲載日:2016年10月11日

印刷白書は印刷産業に関連するデータを網羅しオリジナルの図版を多数掲載しているが、資料価値だけでなく読み物としても印刷経営のヒントとなるものを目指している。

「知る」ことと「伝える」ことの意味

『王とサーカス』(米澤穂信著、2015年刊)という小説を読んだ。新聞社を辞めたフリーのジャーナリスト太刀洗万智が、たまたま事前取材で訪れたネパールの首都カトマンズで王族の射殺事件に遭遇する。事件の周辺取材で取材相手が殺害されたことから、「知る」ことと「伝える」ことの意味を自分自身に問い直すことになる。

2001年に実際に起きた王宮事件は15年も前のことだが、王宮内で皇太子が父である国王ら多数の王族を殺害したという衝撃度で覚えている人が多いのではないか。事件の真相を追う中で新たに起こった殺人事件というストーリー展開以上に、特ダネを追うことより「知る」ことの意味、「伝える」ことの意味に立ち止まる主人公が印象的だった。

「知は尊く、それを広く知らせることにも気高さは宿る」と信じて、フリーの記者として一歩を踏み出した主人公は、名前を売る機会に軽はずみに飛びつくことはなく、情報のウラを取るという基本を踏み外さない。

映画「クライマーズ・ハイ」では、日航機墜落事故の取材の初動段階から、地元新聞社の全権デスクは「チェック、ダブルチェックだ」という言葉を繰り返す。そして、「他社の情報は使わない、又聞きで報道しない、必ず裏を取る、絶対に誤報を出さない」という鉄則を守り通す。

特ダネと誤報は紙一重かもしれない。日本報道検証機構のサイトには、「Prejudice is a great time saver. You can form opinions without having to get the facts.(偏見は多くの時間を節約してくれる。事実を知らずに自分の意見をもてるのだから。)」「When we hear news we should always wait for the sacrament of confirmation.(ニュースを聞いたときには、確認という儀式が済むまで待たなくてはならない。)」という金言が掲げられている。

何の完成を目指すのか

「BBCが伝え、CNNが伝え、NHKが伝えていることをわたしも伝えることにどんな意味があるのか」と考えながら取材を進める太刀洗万智に、日本人僧侶が「我々は完成を求めている。詩であれ絵であれ、教えであれ、人類の叡智を結集させた完成品を作り上げるために、それぞれが工夫し続け、智恵を絞り続けているのではないかと思うのです。お釈迦さまは哲学の分野に一つのパーツを加えた。とても大きな、要になるパーツを加えたのです」と語りかける。さらに「時代の変化や技術の進歩に応じて不断にアレンジが加えられ続けることこそが、既にして完成なのだと言えはしないでしょうか」と続ける。

主人公は「BBCが伝え、CNNが伝え、NHKが伝え、さらにわたしが伝えることで完成に近づく」と考えることもできるのかもしれないと思い至る。そして、何の完成を目指すのかは自分自身で考えなくてはならない。「ここから先はわたしの仕事だから」と意を固める。

JAGAT大会2016会場で配られた『印刷白書2016』は、9月30日出張校正、10月7日発刊というタイトなスケジュール進行だった。出張校正の夜に致命的な校正ミスを発見する夢を見て夜中に目を覚まし、とても夢とは思えず月曜日に確認しなくてはと思いながらもう一度寝て、また同じ夢を見た。さらに次の夜も同じ夢を見た。
編集に携わる者なら一度は見る夢なのかもしれない。もちろん、太刀洗万智ほどではないが、「知る」ことと「伝える」ことの意味を考えないわけではない。
印刷白書の編集ルールとして、データの出典明記や一次情報の確認、引用ルールの厳守などは当然なことだが、品位のある論理的でわかりやすい文章とすることや、ミスリードにつながるような表現をしないことを心がけている。
印刷産業に関連するデータを網羅し、見やすくわかりやすい図表を作成することで、印刷産業の経営環境を考える一助になれば幸いである。

(JAGAT CS部 吉村マチ子)

 

■関連情報:『印刷白書2016』はJAGAT会員企業の代表者の方に無償で1冊献本いたします。今週末にはお手元に届く予定です。ご意見ご感想などぜひお寄せください。