2019年度グッドデザイン賞に見る社会課題とデザイン(1)

掲載日:2019年11月18日

2019年度グッドデザイン大賞が10月31日に発表された。大賞および大賞候補となったデザインには、今年の社会課題とデザインによる解決方向が示されている。

→2019年度グッドデザイン賞受賞概要

公益財団法人日本デザイン振興会が主催する2019年度グッドデザイン賞は、4772件の応募から1420件が受賞し、その中からグッドデザイン・ベスト100(以下ベスト100)が選ばれ、さらにベスト100から、グッドデザイン大賞ほか、特別賞が選ばれた。

最高賞のグッドデザイン大賞と、ファイナリスト(大賞候補)となったデザインは以下の5件である。

グッドデザイン大賞 1件

結核迅速診断キット―富士フイルム株式会社

ファイナリスト 4件(すべてグッドデザイン金賞を受賞)

音をからだで感じるユーザインタフェース「Ontenna」
―富士通株式会社、富士通デザイン株式会社

Ginza Sony Park(銀座ソニーパーク)―ソニー企業株式会社、ソニー株式会社

いわきの地域包括ケアigoku(いごく)―igoku編集部

自動運転バス「GACHA」―株式会社良品計画

2019年度グッドデザイン賞大賞授賞式

▲2019年度グッドデザイン大賞授賞式(10/31)より
左から審査副委員長 齋藤 精一氏/審査委員長 柴田 文江氏/
大賞受賞 富士フイルム株式会社 デザインセンター 大野 博利氏/
公益財団法人日本デザイン振興会 理事長 大井 篤氏

選ばれたのは、暮らしをよりよくするデザイン

グッドデザイン賞は「デザインによって私たちの暮らしや社会をよりよくしていくための活動」であり、見栄えや使い勝手のみならず、社会の課題解決に役立つもの、新しい事業領域を拓くもの、今後の成長が期待されるものなどが評価される。
対象分野は、日用品やデジタル機器から建築、医療、ソフトウエア、まちづくりなど幅広い。

だから、受賞デザインを俯瞰することで、現在の社会にどのような課題があり、人々が何を求めているか、そして課題に対して、デザインの力で何ができるのか、そのヒントを見つけることができる。

ファイナリストは2019年のデザインを象徴する

グッドデザイン大賞受賞記者発表会の冒頭、審査委員長の柴田文江氏は、今年度の審査の特徴について
「今年は美しさと共振する力を審査のキーワードに掲げた。共振する力とはデザインが今後の世の中に及ぼしていく力、またプロジェクトの背景で、さまざまものが共振しながら新しいものを生み出すプロセスだ。ベスト100と特別賞には、それが顕著に表れている」と述べた。

その中でもグッドデザイン大賞は、社会性、時代性、提案性などの面で最も優れ、その年を象徴するデザインと位置づけられている。

大賞の選出に当たっては、事前にベスト100の中から数件のファイナリストを選出し、大賞発表当日に、審査員のほか受賞者、一般参加者による投票で決定する。

参考:グッドデザイン大賞選出経緯

ファイナリストはそれぞれ、分野もデザインの性質も異なり、同じテーブルで評価するのは難しい。

柴田氏は「審査員自身、悩んだ末に大賞を決めている」、審査副委員長の齋藤精一氏も「ファイナリスト5組それぞれに学ばされた。誰が大賞に選ばれてもおかしくない」と語っている。

大賞受賞は時の運のようなところがあり、実際には、ファイナリスト全てが、今年を代表するデザインといってもよいのではないだろうか。

以下、今年の大賞およびファイナリストのデザイン、取り組みの経緯を紹介し、そこから浮かび上がる現代社会の課題と、デザインの可能性について考えてみる。

グッドデザイン大賞[結核迅速診断キット]

富士フイルム株式会社

結核迅速診断キット

誰でも簡単に確実に結核の検査と診断ができるキット。開発途上国、特に多数のHIV陽性患者がいるアフリカなどを対象にした製品である。

スイスの非営利組織で、開発途上国における感染症の診断技術開発への支援を行うFIND(Foundation for Innovative New Diagnostics)との共同開発である。

HIV陽性患者は免疫力の低下により、結核に感染するリスクが高い。身体の衰弱により検査に必要な喀痰を出すことができず、診断が遅れるケースもあるという。電力供給などのインフラが整わない地域も存在する。

そこで本キットは、採取しやすい尿を検体にし、電源がなくても使える簡易な仕組みにした。

結核迅速診断キット(2019年度グッドデザイン賞受賞展より)

▲2019年度グッドデザイン賞受賞展より「結核迅速診断キット」展示

菌の検出には写真現像技術で培った「銀増幅技術」を応用し、ごく微量の菌を大きく表示させる。(参考

本体デザインは、「写ルンです」で培った、高品質な樹脂部品を大量に生産する技術を応用した。製品表面に印刷された分かりやすいグラフィックも特徴だ。

フィルムにレンズを付けるという逆転の発想から生まれた「写ルンです」は、写真へのコスト面、操作面での障壁を取り払って多くの消費者に支持され、グッドデザイン賞を複数年受賞、2017年度にはグッドデザイン・ロングライフデザイン賞を受賞している。

富士フイルムの大賞受賞は今回初めてだという。また本年度は、応募企業中最多の32件が受賞し、大賞のほか金賞にも4件が選ばれた。

審査委員長の柴田文江氏は大賞への祝辞で「多数の受賞は、同社の中で共振が起きていることの表れなのではないか。写真フィルムというドメインからいろいろなものが発信され、デザインの力を介在して大きなうねりを作っていることを感じた」と評し、審査副委員長の齋藤精一氏は「エンターテインメントが持つアイデアをつなぐ力、チームをつなぐ力が発揮された。自社の力を世の中の問題解決に生かすという視点が、多くの人々に求められている。こういう取り組みがもっと生まれてほしい」と語った。

銀塩写真全盛期、また「写ルンです」が一斉を風靡した時期に、これがやがて、海外で人の命を救う力になることを、誰が想像しただろう。

もともと写真フィルムの国産化を目指して創業した富士フイルムは、時代に合わせて事業領域を広げ、現在はイメージング、ドキュメント、ヘルスケア&マテリアルズの3本のソリューションを展開している。(参考

研究開発体制を整備するほか、デザインセンターを設置し、2019年はグッドデザイン賞のほかドイツの国際的なプロダクトデザイン賞 reddot design awardで24点受賞、ベルギーの国際パッケージデザインコンペティション Pentawardsの金賞受賞など快挙が続いている。(参考

今回の大賞は、全社をあげたチャレンジの積み重ねが一気に顕在化したものといえる。

また、この受賞によって、日本国内では販売していない、開発途上国向け製品が知られることになった意義も大きい。IT技術を駆使した最先端医療の開発が進む一方、地域によってはインフラが整わず、適切な検査が受けられない人々が存在することに、私たちは意識を向けなくてはいけない。

「結核迅速診断キット」はデザインの力で、この大きな問題を解決する一つの方向を示した。高度な技術で、誰でもどこでも使えるものを作り出した点を評価したい。前述の齋藤氏の言葉のとおり、写真を記録や表現の手段だけでなく、コミュニケーションやエンターテインメントの手段としても発展させ、結果として、写真文化の大衆化に貢献した同社のDNAを引き継ぐものといえる。

引き続き、ファイナリストについて、紹介していく。

参考:グッドデザイン賞 webサイト

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印刷・メディアとデザイン

(JAGAT 研究調査部 石島 暁子)