「一切れのパン」をめぐる探索とロングテール理論

掲載日:2014年6月5日

Web2.0時代を象徴する「ロングテール」。最近また書籍が文庫化されてなんだか気になったので、再読してみた。 いまなぜロングテールなのか いまやネットマーケティングの新たな古典とも言うべきクリス・アンダーソンの『ロングテール――「売れない商品」を宝の山に変える新戦略』が、2014年5月に早川書房のハヤカワノンフィクション文庫に収録された。 クリス・アンダーソンは、元『ワイアード』の編集長で、『FREE』や最近では3Dプリンターによる製造業の未来像を扱った『MAKERS』で知られる。 ネットの世界では、3カ月前のことがすでにもう古くなっている。ロングテール理論は、Web2.0時代を象徴するものだが、なぜまた文庫化されるのか。普通なら「いまさらロングテールでもあるまい」と思うだろう。 雑誌『ワイアード』に「The Long Tail」という言葉が掲載されたのが、2004年10月だからもう10年も前のことである。ちなみに同年11月には、10年後のネットの近未来を予測 し、「Googlezon」なる造語を生み出した、Flashムービー「EPIC2014」が制作されている。『ロングテール』が上梓されたのは、 2006年で続いてすぐに日本語版が出た。 復習するまでもないが、もちろん2:8の「パレートの法則」の逆の発想で、収益になりえなかった大多数の8割に注目して、収益の最大化をもたらすインター ネット特有の法則である。ネット販売において、多品種少量販売がかなりの量を占める理論で、amazonなどがいい例である。縦軸に販売数量、横軸にアイ テムの販売数量の多い順に並べたときのグラフが長い尾が伸びるように見えるためロングテールと名づけられた。これは究極のニッチ戦略だし、「明らかにロン グテールというのは潤沢の経済の話なのだ」。 いまではWeb2.0とかCGMなど誰も言わなくなった。なくなったのかというとそんなことはなくて、「集合知」や「共感」などの概念は当たり前のことに なっている。では、この時期に「ロングテール」がまた話題に出てくるとするとそれは当たり前というよりは、まだここにビジネスの芽があるということなのか もしれない。 書籍に関する私的なロングテール 「一切れのパン」というルーマニア文学の名短編がある。著者は、フランチスク・ムンテヤーヌである。 ほとんどの人が聴いたことのない名前かもしれないが、実はこの作品はよく読まれている。光村図書の中学教科書に収録されていた。だからある年代では、多くの人が読んでいるのである。 学生時代にこの短編を再読したくて、とにかく周囲の人に聞きまくったが、誰も覚えていなかった。中学から大学なんて、わずか5~6年くらいしかたっていない。しかし、青少年期の5年間は決して短くないし、その間に人生で学ぶべきことは山のようにある。 当時は16ビットのPC-9801が出たばかりの頃で、インターネットなどもない時代である。古本屋を隈なく回ったが、該当する書籍は見つからなかった。 ところがネットが発達した20数年後、ふと思い出して検索してみると同じようにこの短編を探している人が見つかった。しかも複数の人が「一切れのパン」に ついて語っている。その情報によって、数年前に光村図書が「光村ライブラリー 小学校編・中学校編」という書籍を出版していることを知った。 amazonのコメント欄にも「一切れのパン」が読みたくて購入したという口コミが多く寄せられている。これは潜在的なファンがたくさんいることを意味しているので、光村図書にはもう一踏ん張りして、「一切れのパン」愛読者コミュニティをつくっていただきたい。 そうすると単なるクロニクルやライブラリーではない商品開発ができるだろう。しかし、それはもしかしたら従来の書籍の形態(パッケージ)ではないかもしれない。 ロングテールの時代はまだまだ続く 「売れない商品」というと不良在庫のイメージだが、長く売るということは、売るための商品化、売れるビジネスに変えていく発想の転換、それがロングテールの強さなのだろうと改めて感じた。 口コミ=ファンを増やしていくとニッチがニッチでなくなる。そして、ニッチを集積すると膨大な数になり、一つのヒットを超えるまでになる。コンテンツをフル稼働して課金化することを考えていくことで、マーケティングや商品開発につながる。 まさに「共感」の仕組みである。そして「感動」も含まれている。ロングテールは哀愁漂う商品や消費者の郷愁をくすぐることで、より威力を発揮するみたいだ。 書籍や音楽の話が分かりやすいのだが、ロングテールは多岐にわたっていて、あらゆる小売業に当てはまる。 本書には、ロングテール・ビジネスを発展させるコツとして、2点あげている。 ①すべての商品が手に入るようにする。 ②欲しい商品を見つける手助けをする。 そのために「選択肢が増えるとその分テールが伸びていく」「重要なのは検索機能があること」「お試し機能があること」の3つが必要だとしている。ここには、「潤沢と稀少」 の話が十分に盛り込まれているし、フリーミアムの発想も生まれてきた。 今回再読してみたら、予想以上に面白かった。「ロングテール消費者の地位向上」や「バイラル・マーケティング」「市場の細分化」などいまや当たり前のことが克明に綴られている。まったく古さを感じなかったのである。 少し前までは、検索が王様(キング)と言われていた。今やコンテンツが王様であり、これからは一歩進んだキュレーションが王様であり、だからこそデータサイエンティストが重要になる。 このあたりの事情が、本書を再読してみてよくわかる。つまり現在まさに起きつつある事象が凝縮して詰まっている。まだまだロングテールから学ぶべきことはたくさんあるのだ。

(JAGAT 研究調査部 上野寿)