【マスター郡司のキーワード解説2020】ハイレゾ

掲載日:2021年3月29日

今回は「ハイレゾ」について考える。

JAGAT 専務理事 郡司 秀明

ハイレゾ(その弐)

 前回は昔懐かしのオーディオについて語ってしまった。今回もオーディオ談義に花を咲かせたいのは山々だが、難しい数式は抜きにして大事な部分、すなわち印刷に関した部分を語りたい。
 ハイレゾオーディオの動機付けになったのがCD規格である。つまり、「CDが音楽のテイスト部分(ギターの指使いや弦の擦れ音など)の音まで表現できてはいないのではないか?」という、要するに音が悪いという疑問や不満が発端なのである。だが、実際には印刷画像の解像度論と一緒で、難癖に近いのがほとんどだ。
 現在のCD規格に疑問符が付き、早速CDより再現音域が広いSACD(スーパーオーディオシーディー:Super Audio CD・SA-CD)が生まれた。これは、1999年にソニーとフィリップスにより規格化された次世代CD規格の一つだ。製品の発売は1999年5月21日だが、ビジネス的には成功したとはいえず、結局ソニーはSACDビジネスから撤退している。現在は、ハイエンドオーディオを手掛けるメーカーのみが生産している。
 このように、SACDは商売としては成功していないが、そこに記録されているデータの形式は生きている。SACDのオーディオフォーマットはリニアPCMではなく、ΔΣ変調による低bit高速標本化方式である。PCM(Pulse Code Modulation:パルス符号変調)とは、音声などのアナログ信号をアナログ-デジタル変換回路によりデジタル信号に変換(デジタイズ)する変調方式で、一般的に言われているPCMは、前述のようなリニアである。SACDのフォーマットはダイレクトストリームデジタル(DSD)フォーマットと呼ばれており、そのDSDフォーマットは、ハイレゾの代表的フォーマットになっている。
 日本人は「オーディオ」というとCDやレコード、「ビデオ」ならDVDやBD(ブルーレイディスク:Blu-ray Disc)で視聴するものと思っているかもしれないが、海外ではCDでなくデータだけが流通している。一曲ごとに音楽データを購入するわけだが、それも面倒なので聴き放題の契約(サブスクリプション契約)を行うのが普通だ。データのみが流通するというと、印刷会社としては気分が落ち込んでしまうが、別の考え方をすれば、ジャケットや歌詞カードに代わる商品を開発していけばよいわけだ。ただ文字だけを載せている程度では高い料金は請求できないが、写真が入って素敵にデザインされていれば価値も上昇するだろう。この場合には、デザインがとても重要である。
 ここで、SACDの物理構造にもコメントしておく。SACDはCDと同様、直径120mm、厚さ1.2mmの円盤である。SACDには2層分の記録領域があり、このうち1層を通常のCDデータとすることもできる。これをSACD/CDハイブリッド仕様と呼んでいる。2層ともSACD層で構成された長時間SACDの製作も可能だが、流通しているほとんどの商品はハイブリッド仕様だと思う。SACD層の1層あたりの容量は4.7GBで、その点ではCDよりもDVDに近い。SACDは5.1チャネルサラウンドにも対応しているが、再生装置は限定される。また、DSDフォーマットはロスレス圧縮なので、2chステレオ録音の場合、片面1層でも4時間以上の収録が可能だが、CDフォーマットとのハイブリッド盤の場合、1枚約70分のCDに合わせることになる。
 情報記録密度(ハイレゾ化)・ネットワーク通信速度の向上とともに、光ディスクがなくなる運命であることは否めない。音楽メディアはネットワークに置き換わってしまうだろうが、印刷は紙の優位性でしぶとく生き残っているメディアの代表格だ。日本の音楽産業はCDなどのメディアを中心に動いているが、欧米はすでに完全にネット中心である。
 欧米は部屋が広いため大型スピーカーもまだ現役だが、日本で音楽を聴く場合、iPhone+イヤホンか、パソコンにDAC(D/Aコンバーター)などの付属機器を追加して、5万円以上する高級ヘッドホン(高性能ハイレゾ対応)で聴くのが、ハイレゾオーディオの基本パターンだ。私はさすがに5万円以上のものは「?」だったので、半値クラスの中級ヘッドホンを愛用している。
もしくはデスクトップ、つまり物理的に机の上に置くアクティブスピーカー(アンプ付きで、ハイレゾ対応PCスピーカーとも呼ばれる)で細部の音まで聞き分けるのが最近のオーディオ趣味の本流である。昔ならJBLやB&W、タンノイなどといったスピーカーをガンガン鳴らしていたのが、まるで嘘のようだ。「世の中変貌するということを、肝に銘じなくてはいけない」と自分自身にも言い聞かせている今日この頃でもある。「印刷もまた、しかり」である。

(JAGAT専務理事 郡司 秀明)