印刷会社の経営資源とデザイン人材でブランドを作る

掲載日:2022年1月13日

鉄道と印刷の歴史に裏打ちされたブランド「Kumpel(クンペル)」を展開する山口証券印刷株式会社の取り組みについて紹介する。

山口証券印刷は、ステーショナリーブランド「Kumpel」を展開し、きっぷ型メッセージカード「いろ色きもちきっぷ」で「第30回日本文具大賞2021」デザイン部門グランプリを受賞するなど各方面から注目を集めている。同社取締役 経営企画担当の山口真司氏、インセンクス事業部 デザイナーの林商美氏と松本浩司氏に語ってもらった。

自社の強みを生かしたブランドの立ち上げ

2021年10月に創業100周年を迎えた山口証券印刷は、首都圏の鉄道・バス会社の乗車券をはじめとする証券印刷で実績を重ねる一方、2003年に企画・デザイン・編集・商品開発を担うインセンクス事業部を発足し、鉄道分野に留まらないプロモーションやイベント支援・新製品開発などに領域を広げてきた。

林氏と松本氏は、鉄道会社の依頼に応じてさまざまなグッズデザインを手掛けるなかで、鉄道ファンや子供だけでなく、もっと幅広い層に印刷の魅力を伝えたい、そのために自ら商品開発をしてみたいという思いを抱いていた。

2016年に入社した山口氏は、林氏と松本氏から硬券(厚紙でできたきっぷ)の用紙を使った文具の試作品を見せられ、可能性を感じた。

きっぷをモチーフにすれば、自社の設備・技術を活用でき、硬券印刷は他社が簡単に真似できないため、差別化も図れる。商品に鉄道と印刷の歴史というストーリーを忍ばせることで、その価値を高めることができる。こうした自社ならではの強みを前面に押し出せば、成熟した文具市場にも参入できるのではないか。

こうして新たなブランドが誕生した。Kumpelはドイツ語で「相棒」を指し、「鉄道に、人々に、ともに寄り添い続ける存在でありたい」という思いを込めている。

Kumpelは、山口、林、松本の3氏のチームで運営する。取締役の山口氏がプロデューサー役ではあるが、実務では3者が対等な立場でアイデアを出し合っている。

最初の商品は硬券用紙を表紙に用いたノート「Kumpel Notizbuch」。表紙のイラストはハイデルベルグ社製プラテン印刷機。あえて鉄道由来ではなく、自社の祖業である印刷をあしらった。

Notizbuch

Kumpel Notizbuch

そのほか、ユニークなアイテムの数々を開発し、独自のECサイトのほか、書泉グランデ、JR東日本の鉄道グッズ専門店「GENERAL STORE RAILYARD」などで常時取り扱っている。
鉄道各社のイベントにも精力的に出店している。

いろ色きもちきっぷの開発

「いろ色きもちきっぷ」は昔ながらの硬券をアレンジしたメッセージカードだ。当初は「ありがとう」、「おめでとう」、「フリー」の3種各5枚がセットになった「きもちきっぷ」を試作。
扶桑社の「文房具屋さん大賞2021」の「カード賞」で1位に選ばれた。

各メッセージ単体の商品が欲しいという要望に応え、3種類に展開したのが「いろ色きもちきっぷ」である。「きもちきっぷ」のパッケージはスミ一色だったが、「いろ色きもちきっぷ」は3種それぞれに色分けされ、より現代的でカジュアルなイメージになった。

いろ色きもちきっぷ

いろ色きもちきっぷ

「いろ色きもちきっぷ」は「第30回日本文具大賞2021」の優秀賞10製品に選ばれ、さらにデザイン部門グランプリを獲得した。大手文具メーカーなども参加するなかでの快挙である。講評では、郷愁と物語性、大人から子供まで楽しめるコミュニケーションツールといった開発コンセプトを汲み取った評価がされた。

着実なブランド運営を目指す

山口氏は、ブランド継続には定番商品が必要であると語る。ヒットサイクルが短いと、常に新商品開発に追われてしまう。顧客が商品を気に入ってリピート購入してくれれば、安定した売り上げを確保し、商品を育てていくことができる。

「いろ色きもちきっぷ」も新たな定番商品に発展させようと考えており、シリーズ商品として、きっぷサイズのカレンダーと木製の台座をセットにした卓上型の「きっぷカレンダー」を2021年9月に発売した。*

きっぷカレンダー

きっぷカレンダー

3人のメンバーは、ブランドが企業の広告塔になることで、自社の業績に間接的にでも貢献したいと考えている。

今後について山口氏は「急成長は目指さないが、チャンスを逃さず、着実に、安定して事業を継続させたい。そして消費者の今のニーズを満たす商品を作り続けたい」と語った。

Kumpelの魅力は、温かみのあるデザインの背景に、鉄道だけでなく印刷の堅実な歴史をも背負っているところにある。山口証券印刷が培ってきた信頼を体現したブランドと言えよう。デザイナーが自らのアイデアを形にする喜びを感じ、主体的に関わっているのも特徴である。

Kumpelの実績は、社内の経営資源とデザイン人材を組み合わせることで、新たな価値が生まれる可能性があることを示している。

(研究調査部 石島 暁子)

*「きっぷカレンダー」は、日本印刷産業連合会「第73回 全国カレンダー展」で銀賞を受賞

『JAGAT info』2021年10月号より抜粋)

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