ユーザーコミュニティの重要性

掲載日:2017年3月29日

印刷機材メーカーのユーザー会というと色々あるが、これらの多くは御用ユーザー会的な色彩が強く、メーカーからの「お礼」と「宣伝」的要素が強かった。そこに登場したのがHPを中心に設立されたDscoopというユーザーコミュニティなのだが、近年ユーザーコミュニティの重要性が話題になっている。

少し昔のことを思い出してみよう。DTP創世記には米国で年二回開催(サンフランシスコとボストン、例外的にニューヨークでも開催)されていたSeyboldカンファレンスが世界中から注目され、日本からもSeybold詣が流行り(お伊勢参りみたい?)、「Syboldカンファレンスに参加する」のがDTP最先端を自負する人達の年中行事だった。

日本でも和製SeyboldカンファレンスとしてMdN(Macintosh Designers Networkというインプレスが発行するDTP&デザイン月刊誌で、そこが主催)カンファレンスが始まり、それがJPC=Japan Publishing Consortiumで、Appleが立ち上げたWWPC=World Wide Publishing Consortiumの日本支部的にスタートしたのだが、本家は早々に止めてしまったにも関わらずJPCはかなり頑張った。そのJPCが企画運営するJPCカンファレンスに引き継がれていく。

今更説明の必要がないpage展、特にpageカンファレンスはSeyboldカンファレンスをお手本にしている。これも和製Seyboldカンファレンスを目指して始まったのだが、本家より長続きした好例である。話は横道に逸れるが、セブンイレブンにしても本家より成功する例は日本では数多く存在する。

また展示会の併設セミナーも重要な役割を持っているが、元々展示会サービス(人寄せ行事)として始めたものが多いので、カンファレンス・セミナーの質を維持するのは並大抵ではなかったと思う。そのうちにメーカーも自社独自のプライベートショーの方を重視し始めたので、メーカーに属していないセミナーは情報やサポートが受けられずに中途半端になって止めてしまうケースも多かったと思う。

pageカンファレンスとか、コンサルティング会社がやっているセミナーは、スタッフや独自人脈を駆使して、かなり頑張って独自性を出そうと維持しているので、なんとかやっていると思う(JAGATも含めて)。

そして現れたのがDscoopのようなユーザーコミュニティであり、メーカーからは独立した立ち位置で、丁度良い距離を保ちつつ、デジタル印刷ビジネスをみんなで創っていこうという目的で運営されている。メーカーからの情報や資金のサポートは必要十分に得られつつ、公平な立場も維持する姿勢が現代のSNS社会とマッチしているということだろう。

HPからは自立運営するユーザーユーザーコミュニティDscoopだ。そしてDscoopが大成功を収めたことが、ユーザーコミュニティが情報収集の場として(技術情報やビジネス情報)、ビジネスパートナーを発掘する場として(仲間を作る場)、新しいビジネスの発見の場(コンペティターの居ない新ビジネスを探す)として再注目されるようになったキッカケと言える。

DscoopはDigital Solution Cooperativeから来ていると思うが、前述したようにあくまで「ユーザーによるユーザーのためのコミュニティ」というのが基本である。Dscoopは2005年に米国で設立され、現在は北米(参加者は2,000人強)、ヨーロッパ(参加者は1,500人強)、中東・アフリカ、アジア・日本(参加者は1,000人強)と全世界に拡がっている。

Dscoopの目的(ミッション)は、「みんなで印刷のイノベーションを起こすこと」である。アナログ印刷の場合は、パイが増える可能性は低く、限りあるパイの取り合いになるケースも多いので、みんなでということにはなかなか成立しにくい。その点、デジタル印刷市場はこれから大きくなる(大きくする)市場なので、「みんなで大きくなろう」という共通目的も受け入れやすいのだろう。

Dscoop Asia 2016は2016年11月17、18日(木、金)の二日間、シンガポールで開催され、縁あって私も参加してきた。今回改めて認識させられたのが、Dscoopの中身だった。

ユーザーコミュニティ(会)というから「メーカーサイドから新しい機能や性能の話」「ユーザーからどのような使い方をしたら生産性が上がるのか?」という日本的な内容を想像したのだが、そのような講演はほとんどゼロで、クライアント(印刷発注者)やクライアント側の人を呼んできて、「どんな風にしてビジネスを立ち上げたか?」というような講演が多かった。

デジタル印刷の場合は「どんなビジネスにするか?」(クライアントがビジネスを成功させるのにデジタル印刷をどう利用するのか?主体は印刷ではなくクライアントのビジネス)が大事で、「こんなビジネスを考えたが、デジタル印刷機を使えばこうなる・・・」「デジタル印刷を使ってパーソナライズや世界で一つだけの商品を作って話題性を盛り上げ、ビジネス的にも成功した・・・」ということなのだが、結果的にこういうビジネスを立ち上げるためにはHPのソリューションが必要だという自信の表れとも取れる。

HPは機械云々ももちろんだが、ビジネスを成立させるソリューションを豊富に持っているということだ。そしてDscoopでは、デジタル印刷を使ったというよりブランド(印刷発注者というか、いわゆる主様=ぬしさま)から、このようにビジネスを成功させた。そして成功にはデジタル印刷機が役立ったということを解説する講演がほとんどであった。

11月16日夕方にアジアの国々から続々とシンガポールに集まり、宿泊所の五つ星ホテルGrand Copthorne Waterfront Hotel(一日目のセミナー会場)に集まってウエルカムカクテル(パーティー)が始まった。まだまだぎごちなさは残っていると言えるが、そのうちランチタイムで話し合ったり、講演時内容について見ず知らずの人とでも議論したりして仲良くなってくる。

二日目のランチともなると国境を越えて仲良く議論しているのが、お分かりになると思う(写真1)。

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二日目の会場がホテルからHP GSB Centre of Excellence(シリコンバレーチックな名で、最先端グラフィック・ソリューション・ビジネス研究センターとでも訳すのだろうか?個人的にはこの雰囲気が大好きである)に移ったということもあり、国境を越えた親密感が一挙に深まる感じだった。セミナー以外のこういう時間がとても大切なのが分かると思う。今後グローバル化が進めば、この手の時間は益々重要性を持ってくるだろう(写真2)。

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肝心のカンファレンスはDscoop AsiaのチェアマンのKelvin Gage氏&とHPアジア太平洋・日本地域(APJ)担当社長のRichard Bailey氏によるオープニング(ウエルカムアドレスと呼んでいる)から始まる(写真3)。

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そしてオープニング基調講演のスピーカーであるPublicis CommunicationsのMis. Lou Dela Pena(写真4)が登場する。「競争の激しい消費者マーケティングの現場において、ブランドはどのように差別化していますか?」という問いから始まり、創造性の真の必要性とか、ビジネス変革の中心に創造性を置くという原点について述べていた。

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彼女の国籍はフィリピンなのだろうか?輝かしい経歴を経て現在のシンガポールの広告代理店CEOのポジションがあるということだが、競合の激しい広告代理店業界で当時マイナーだった企業をトップ企業にまで成長させたCEOで有名ということである。

彼女は変革に必要な「ambition=大志、野心」「創造性」「変革」において失敗を許容しにくいアジア文化圏で、計画的なリスクを取ることの重要性を強調した。失敗を恐れず計画的にリスクヘッジしろということだ。彼女がCEOになってからも有力ブランド(クライアント)をどんどん獲得しているという。

こんなクライアントからの発表が続くが、Dscoop Asia 2016最後の出し物は、若者を中心としたデザインコンテストだった。若いチームの発表がそれぞれ熱気にあふれていたが、やっぱりアジアには熱気が一番と再確認した次第である(写真5)。

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Dscoopは非常に素晴らしいコミュニティということが出来るが、この創業メンバーが中心となって、今度はキヤノンでthINKを立ち上げたのだ。日本からも参加者が多く、大評判になっている。しかし、この傾向が続きすぎると「反動もあるかなぁ?」とも心配するが、当面はこの傾向が続きそうである。

(JAGAT専務理事 郡司秀明)