先日の「見える化セミナー」で、参加者に自社の課題を尋ねたところ、こんな話が出た。「営業が使っている単価表が10年、あるいはそれ以上前に作られたもので、現在の価格として妥当なのか疑問があるのだが更新できない。」
理由を聞くと、単価表を作成した担当者が退職してしまい、その根拠が分からないという。根拠がないまま、「なんとなく高いから下げる」「逆に安すぎるから上げる」という判断には抵抗がある。そして、その「根拠」とは自社の原価である、という。
この話を聞いて、ふと思い出したのが、JAGAT創始者・塚田益男氏の言葉である。
塚田氏は、印刷業界に根強くある「価格=コスト+利益」という考え方に疑問を投げかけている。
「価格=コスト+利益」という恒等式が正しいとすれば、価格が一定なら、コストを下げれば利益が大きくなる。しかし、印刷産業は競争が激しい。コストを下げれば、それが引き金となって価格はさらに下がる。合理化は利益を生むどころか、赤字の導火線になる――。
そして、ここから「Pricing」という考え方を提示する。
Pricingとは、「値付けをする」「価格を決める」という主体的な意思を表す。セールスマンが顧客と相談しながら価格を決定する行為である。
印刷界には、いわば「お使い」のようなセールスマンがたくさんいる。価格は顧客の言う通り、仕事は原稿の運び屋さん。そうしたセールス行為には「ing」は不要だ。価格決定に関与していないのだから、「安い」とか「不満だ」と言う資格もない。
発注者に喜ばれるサービスを提供し、そのサービスの対価として価格を決め、発注者と交渉する。そして、発注者の同意を得て価格が決まる。その努力とプロセスこそがPricingなのだという。
さらに塚田氏は、かなり踏み込んだことを言っている。
得意先にとって、価格は発注者と営業マンの間で決まるものであり、工場長の意見や、どの印刷機を使うかといったコストの内容は、本来、関知する必要がない。営業マンが得意先の信頼感を得ることができれば、合意できる価格はかなり高い水準になる。
営業マンのPricingとは、決して自社製造部の見積額をそのまま提示することではない。外注工場を使おうと、材料をどこから仕入れようと、納期と品質を管理できるという自信を持ち、その誠意と信頼感を顧客に理解してもらった上で決定されるものが、本当の受注価格である。
ここで重要なのは、「原価はどうでもいい」と言っているわけではないことだ。
営業部の仕事がPricingなら、製造部の仕事はCostingである。
Costingとは単に過去の決算書から原価を計算することではない。これから一年間でコストがどう変化するのかを予測し、過去のコストをどうすれば下げられるのか、合理化計画を立てる。そうした「コストを下げるための活動」まで含めてCostingなのである。
つまり、
Pricing ≠ Costing
なのである。
営業部は顧客に向き合い、顧客が感じる価値を高め、その価値に対して価格を決める。一方、製造部は決められた価格を前提として、いかに効率よく、品質と納期を守りながら生産するかを考える。この二つを混同してしまうと、「原価を積み上げて価格を決める」という発想から抜け出せなくなる。
印刷物は、一点一点が異なるオーダーメイドである。顧客が買っているのは「原価」ではない。目的に合った印刷物ができたときの満足感であり、サービス、品質、そして印刷会社に対する信頼感である。
そう考えると、先ほどの「10年以上前の単価表をどう更新するか」という質問にも、少し違った答えが見えてくる。
もちろん、原価を把握することは必要だ。しかし、「原価が分からないから価格を決められない」という考え方には、もう一度立ち止まって考える余地がある。
単価表の数字を更新するだけでは、本当の意味でPricingを見直したことにはならない。
顧客は何に価値を感じているのか。
自社はどのようなサービスを提供しているのか。
品質や納期に対して、どのような安心感を提供しているのか。
そして、その価値に対して、顧客はどこまでの価格を納得して支払ってくれるのか。
営業が考えるべきなのは、こうした問いではないだろうか。
1985年、いまから約40年前に発行された『印刷経営のビジョン』の言葉である。言葉遣いや用例には時代を感じるものの、その本質は現在にも十分通じる。
お客様が価値を感じるPricingの具体的な活動や内容は、時代とともに変わっていくだろう。しかし、「価格を決めること」そのものを営業の重要な仕事として捉えるという視点は、今こそ見直す価値がある。
「原価が上がったから値上げする」。
「競合が安いから値下げする」。
それだけでは、Pricingとは呼べない。
顧客にどのような価値を提供するのか。その価値をいくらで提供するのか。そして、その価格で利益を生み出せるよう、製造側がCostingと合理化に取り組む。
PricingとCosting。それぞれの役割を明確にすることが、印刷会社の利益管理を考える上で、今あらためて重要なのではないだろうか。
(専務理事 花房 賢)


