配慮表現はとても難しい

掲載日:2016年12月6日

「お疲れさまです」は万能の言葉ではない。社会人としての基本マナーを押さえた上で、自社の社風やハウスルールに対応してほしい。

時代とともに変化する表現

NHK放送文化研究所では、現代日本語の実態調査、放送表現の改善のための研究、放送用語のデータベース化などを行っていて、その一端は『放送研究と調査』などで公表されている。
『放送研究と調査』2016年8月号のコラムでは、「NHKでは、人の名前に付ける敬称は「さん」を原則として、学生や未成年者の男子には「君」を付けてもよいことにし、学齢前の幼児には「ちゃん」を付けることにしている」が、小中学生の男子を「さん」付けで報道する事例の背景には、「小学校では、男女とも「さん」付けで名前を呼ぶ機会が増えていることが挙げられそうだ」と分析している。そして、「いわゆる“カタい”表現が使われ、あまり変化しないと思われがちな事件報道だが、実は時代とともにその表現も変化しているのかもしれない」と結んでいる。

言葉の使い方や表現方法が時代とともに変化するのは当然のことだが、変わらないでほしいものもあると思う。
最近よく聞く「ほぼほぼ」という表現は伝播力が強いのか、気がつくとあっちでもこっちでも使われている。検索すると「いつから出現」とか「イラッとする」という言葉が散見され、同じように感じている人も多いようだ。発言小町では2011年9月6日の投稿に「『ほぼほぼ』は正しい表現なのでしょうか? 社長をはじめ、上司がやたらと使います。意味は『ほぼ』と同じです。『ほぼほぼ』と聞くと、なんかイライラしてしまいます」とある。最近どころか、密かに浸透してきた言葉なのだろうか。

配慮表現の変化も大きい

NHK放送文化研究所「言語行動に関する調査」では、「配慮表現」(対人関係を良好に保つための表現)の使い方や感じ方を調査している(2012年1月、1338人回答)。メールの冒頭で「お疲れさまです」と書くことは20代で64%、30代で67%、40代で53%が支持しているが、50代では41%、60歳以上では19%まで低下する。その日に初めて会ったときの会話の冒頭で「お疲れさまです」を使う人は、60歳以上でも36%で、20代、30代では59%に上るという。

旧聞となるが、2015年7月26日放送の『ヨルタモリ』での目上の人への「お疲れさま」はNGというタモリの発言が波紋を呼んだことがある。番組内のコーナーで、子役が仕事で関らない人にも、すれ違う人に「お疲れさま」と挨拶して回ることに対して、「元来、目上の者が目下の者にいう言葉。社長に会って「お疲れさま」は失礼。「どうも」でいいんです」と発言したものだ。

先の調査では、「おかげさまで」「つまらないものですが」「お疲れさまです」などを「配慮表現」として挙げているが、そもそも子供が配慮表現を使うことが不適切といえるだろう。

登田龍彦「挨拶表現「お疲れ(さま)」について:誤用における相互主観化(『熊本大学教育学部紀要、人文科学』2004年第53号)では、現代日本語の「お疲れ(さま)」の用法を次のようにまとめている。
a. 話者が聴者の「疲れている」様子を敬って表現する。
b. 話者が帰宅する聴者に対するねぎらいの挨拶表現として使用する。
c. 話者が通学・出勤して来た聴者に対する(最初にかける)挨拶表現として使用する。
d. 帰宅する話者が(まだ仕事をしている)聴者に対して別れ際に発する挨拶表現として使用する。
aとbは一般的に容認されているが、cとdは辞書に載っている表現ではない。
cの意味で使えば、朝出社してすぐ疲れてもいないのに、お疲れさまはおかしいだろう、なぜ「おはよう」と言えないのかと思われるかもしれない。dの意味で使うと、そこは「お先に失礼します」だろうと思われるかもしれない。

学生時代のアルバイトやサークルで身につけたマナーがそのまま社会人として通用するとは限らない。「お疲れさまです」を万能と考えているのか、朝一番に会っても「お疲れさまです」、廊下ですれ違っても「お疲れさまです」、メールでも「お疲れさまです」、トイレで顔を合わせても「お疲れさまです」ですませる人もいるが、ここはもう少し丁寧に対応したい。
やはり朝は「おはようございます」、自分が先に帰るときは「お先に失礼します」、自分より先に帰る人には「お疲れさまでした」と心を込めて言ってほしい。社内メールなら簡潔にして要を得ていることが一番で、トイレで鉢合わせたら目礼や「どうも」だけでも十分だろう。社会人としての基本マナーを押さえた上で、自社の社風やハウスルールに対応してほしい。

(JAGAT CS部 吉村マチ子)

 

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